シナリオ

50
食べることに集中している歩夢を見ながら、秀樹は言葉を失っていた。この目の前にいる、温和で育ちのよさそうな男が、そんな悲惨な過去を背負っていたとはとても思えなかった。秀樹は特に裕福な家庭に育ったわけではないが、親との関係は良好で、生きること自体に苦労を感じたこともなかったから、この日本にそんな苦難の少年時代を送ってきた人間がいることに驚いた。児童虐待のニュースを聞くことはあっても、それはごくまれにある、自分の身辺の生活とは遠く隔たった世界の出来事のように受け取っていた。まさにそれと近い状況で生きてきた人間が目の前にいる。そういう人間は自分とは接触する機会のない社会的状況に置かれていると思っていた。しかし、歩夢は有名な大学を出て、確固たる位置を得ている。歩夢の克己心に対しては、敵ながら尊敬の念を抱かざるをえない。
「歩夢さんってすごいですね。俺、尊敬しますよ」
秀樹は気性が真直ぐなので、亜矢子のことで少なからぬわだかまりを持っているにもかかわらず、歩夢に讃辞を呈した。
歩夢は、半分は照れくさくて、半分はうれしかった。照れ隠しに彼はバッグから変わった道具を取り出した。
「カメラですか。今日はもっと詳しく説明してくださいよ」
しかし、それはヘッドホンのような機械であった。
「いや、違うんです。でも、これはなかなか面白いやつなんですよ」
「何それ? ヘッドホンのように見えるけど?」
歩夢は頭につけると、秀樹の目をじっと見た。
歩夢の後ろからラスベガスのショーガールのようにきれいな女の子が格好よく歩いてきた。
「ダーツをやってみませんか。豪華な賞品が当たりますよ」
秀樹はあっけにとられて何も言えず、渡されるままにダーツを受け取り、美女が回転させたボードめがけて投げた。ダーツは鮮やかに中心に刺さった。
「おめでとうございます!」
美女が素晴らしい笑顔でほめたたえると、やかましい音楽が鳴り、レストランの屋根が特撮映画の秘密基地のように開き、花火が上がった。花火とは違う爆音が近づいたと思うと、ヘリコプターが頭上で静止し、フェラーリ・612スカリエッティを降ろしている。テーブルとか食器がめちゃくちゃになるだろうと思って、店内を眺め回すと、いつのまにかすっかり片付けられて、表彰台が用意されていた。
「見事に特賞のフェラーリを射止められました。さあ、お受け取りください。どうぞ、舞台までお越しください」
舞台にはタキシードを着た、ハリウッド俳優のような紳士がフェラーリの鍵を持って待っている。美女の案内のままに席を立とうとすると、すべての情景が一斉に消えうせ、自分を見つめている歩夢の顔があった。家族連れで騒がしい店内も元の通りだ。
秀樹は興奮してうまく話せなくなった。
「な、なに、い、今のなんだった、どこいった??」
「びっくりさせてごめんなさい。今のはただの映像なんです」
「ただの映像ったって、ありゃ、ただの映像じゃないぞう!」
「この機械は日本の△△というメーカーが商品化したものなんです。癒しのロボットとか、そういう実用的ではないテクノロジーの部類ですよ。これは元々人間の精神状態を読み取って、映像や音声を作り出すものなんです。ほら、これがスピーカー、これが映写レンズ。普通はちょっとした模様とか環境音楽のようなものしか出ないんですけどね。訓練するとかなりリアルな情景を作り出すことができるんですよ。ちょっとやってみますか」
秀樹はヘッドセットを装着した。
「今の心の状態に合わせた何かが現れるはずですよ」
秀樹の目の前には、赤や黄色の花火のような色が広がり、耳にはパチンコ屋みたいな騒がしい音声が流れた。
秀樹はヘッドセットを歩夢に返した。
「どうです? 何か見えたでしょう?」
「見えたけど、品のいいものじゃないな。でも、さっきみたいに歩夢さんにも見られるようにはできないぜ」
「それは、レンズの角度の調整をすればいいんです。うまく調整すれば、さっきみたいに秀樹さんだけに映像と音声が届くようにもできるし、もっと大勢に見せることもできます。でも、普通の人だと、誰かに理解してもらえるようなものを鮮明に見せることは無理でしょうね」
「なんで、歩夢さんはあんなにリアルな情景を見せられるんだい?」
「さっきも言ったと思うけど、僕は小さい頃から超常現象のようなものに興味があって、いろいろと研究しているんですよ。そういう意味では、精神の鍛え方が全然違うんです」
「じゃあ、何、心霊現象とか超能力とか信じているんですか」
「まあ、そういうことですね」
秀樹は口をぽかんと開けた。先日の亜矢子といい、今日の歩夢といい、何なんだ一体? おまけに最近、身辺をマフィアもうろちょろするし、この真面目な公務員である俺の生活は一体どうなるんだ?
「歩夢さんってすごいですね。俺、尊敬しますよ」
秀樹は気性が真直ぐなので、亜矢子のことで少なからぬわだかまりを持っているにもかかわらず、歩夢に讃辞を呈した。
歩夢は、半分は照れくさくて、半分はうれしかった。照れ隠しに彼はバッグから変わった道具を取り出した。
「カメラですか。今日はもっと詳しく説明してくださいよ」
しかし、それはヘッドホンのような機械であった。
「いや、違うんです。でも、これはなかなか面白いやつなんですよ」
「何それ? ヘッドホンのように見えるけど?」
歩夢は頭につけると、秀樹の目をじっと見た。
歩夢の後ろからラスベガスのショーガールのようにきれいな女の子が格好よく歩いてきた。
「ダーツをやってみませんか。豪華な賞品が当たりますよ」
秀樹はあっけにとられて何も言えず、渡されるままにダーツを受け取り、美女が回転させたボードめがけて投げた。ダーツは鮮やかに中心に刺さった。
「おめでとうございます!」
美女が素晴らしい笑顔でほめたたえると、やかましい音楽が鳴り、レストランの屋根が特撮映画の秘密基地のように開き、花火が上がった。花火とは違う爆音が近づいたと思うと、ヘリコプターが頭上で静止し、フェラーリ・612スカリエッティを降ろしている。テーブルとか食器がめちゃくちゃになるだろうと思って、店内を眺め回すと、いつのまにかすっかり片付けられて、表彰台が用意されていた。
「見事に特賞のフェラーリを射止められました。さあ、お受け取りください。どうぞ、舞台までお越しください」
舞台にはタキシードを着た、ハリウッド俳優のような紳士がフェラーリの鍵を持って待っている。美女の案内のままに席を立とうとすると、すべての情景が一斉に消えうせ、自分を見つめている歩夢の顔があった。家族連れで騒がしい店内も元の通りだ。
秀樹は興奮してうまく話せなくなった。
「な、なに、い、今のなんだった、どこいった??」
「びっくりさせてごめんなさい。今のはただの映像なんです」
「ただの映像ったって、ありゃ、ただの映像じゃないぞう!」
「この機械は日本の△△というメーカーが商品化したものなんです。癒しのロボットとか、そういう実用的ではないテクノロジーの部類ですよ。これは元々人間の精神状態を読み取って、映像や音声を作り出すものなんです。ほら、これがスピーカー、これが映写レンズ。普通はちょっとした模様とか環境音楽のようなものしか出ないんですけどね。訓練するとかなりリアルな情景を作り出すことができるんですよ。ちょっとやってみますか」
秀樹はヘッドセットを装着した。
「今の心の状態に合わせた何かが現れるはずですよ」
秀樹の目の前には、赤や黄色の花火のような色が広がり、耳にはパチンコ屋みたいな騒がしい音声が流れた。
秀樹はヘッドセットを歩夢に返した。
「どうです? 何か見えたでしょう?」
「見えたけど、品のいいものじゃないな。でも、さっきみたいに歩夢さんにも見られるようにはできないぜ」
「それは、レンズの角度の調整をすればいいんです。うまく調整すれば、さっきみたいに秀樹さんだけに映像と音声が届くようにもできるし、もっと大勢に見せることもできます。でも、普通の人だと、誰かに理解してもらえるようなものを鮮明に見せることは無理でしょうね」
「なんで、歩夢さんはあんなにリアルな情景を見せられるんだい?」
「さっきも言ったと思うけど、僕は小さい頃から超常現象のようなものに興味があって、いろいろと研究しているんですよ。そういう意味では、精神の鍛え方が全然違うんです」
「じゃあ、何、心霊現象とか超能力とか信じているんですか」
「まあ、そういうことですね」
秀樹は口をぽかんと開けた。先日の亜矢子といい、今日の歩夢といい、何なんだ一体? おまけに最近、身辺をマフィアもうろちょろするし、この真面目な公務員である俺の生活は一体どうなるんだ?