シナリオ

飛行機
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 「実は、車で迷子になったのもこれの効果だったんですよ」
 「えっ?」
 歩夢はもじもじしてヘッドセットをまさぐった。
 「だって、それつけてなかったじゃん?」
 歩夢は、左耳から耳栓のようなものを外して、手のひらに載せてゆっくり突き出した。
 「子機なんです。ヘッドセットのようなものが本体で、無線で結ばれています。これも子機。腕時計のように見えますが、高性能の投影レンズが付いていて、全方位に最大50mまで映写可能です。もっともその際にはレンズを子機から外して本体に装着する必要がありますけどね。これがプロジェクター本体です」
 歩夢はジーンズのベルトに装着されたポーチのジッパーを開けた。
 「小型ながら高性能のモーターが仕込まれています。ヘッドセット型のにも投影レンズは付いていますが、性能は格段の違いです。そして、これがオプションのスピーカーです」
 「オッケー、オッケー」
 秀樹は両手のひらを見せて延々と続きそうな歩夢のプレゼンテーションをやめさせた。
 「007か何かのスパイ映画みたいだね。だけど、それを何に使うの?」
 「ゲームですよ、ゲーム」
 歩夢はコーラをストローですすりながらいった。
 「ゲームって?」
 「世の中広いから、いわゆる霊感が強い人間っていうのが結構いるんですよ。インターネットですぐ探せます。そういう連中は、この機械を開発したメーカーも考え付かなかった特別な使い方を開拓したんです。それがマニアの間でブームを生んでいるんです。マニアといっても本当に使いこなせるニュータイプはせいぜい二、三百人といったところでしょうけどね」
 「ニュータイプ?」
 「ええ、ガンダムにあやかって、僕らの間ではそう呼んでいます。霊能力、超能力っていった方が普通の人にはわかりやすいでしょうね。僕ら愛好者はネットで知り合って、ヤマハのスタジオみたいなところを四、五人で借り切ってバトルをするんです」
 「バトル?」
 「ええ。それこそ、ガンダムでいえば、地球連邦軍とジオン軍の対決もありますし、ウルトラマン、仮面ライダー、北斗の拳、ドラゴンボール、織田信長、太平洋戦争、とにぎやかなもんですよ。熟練者同士になるとディテールまで鮮やかに映像化されますから、見てるだけでもエキサイトしますよ。たいがいは金を賭けます。精神力の強い方が弱い方の映像化したキャラクターを次第に駆逐していくんです。強い人は結構稼ぐんですよ」
 「歩夢さんは?」
 秀樹の目はさっきからの驚きの連続で大きくなりっぱなしだった。
 「僕はこう見えても関東で敵なしです」
 「じゃあ、相当儲かっているんだね」
 「だめなんですよ。あぶく銭は身に付かなくって」
 歩夢は決まり悪そうに笑って、コーラを飲んだ。
 秀樹は、女遊びで借金をしているという麻衣の話を思い出した。
 「でも、遠い所の大会の交通費とかは、主催しているメーカーがもってくれるし、こういう機械もメーカーが僕にくれるんですよ」
 「へぇー、そんなに大々的にやっているんだ!」
 「テレビでも放映されることがありますよ。ものすごくマイナーな局ですけどね。でもマニアには一定の支持があるんですよ。まあ、ラジコンカーの大会とか考えてもらえばわかりやすいと思いますよ」
 「さっきは一人でいるのが好きだといってたけど、結構出歩いているんじゃないですか」
 「これはちょっと別の次元ですよ。一般的な世間づきあいという意味では、まったくさっき言ったとおりです」
 「いや、でも、そんなふうに打ち込むものがあって、しかも腕前もいいのなら、素晴らしいじゃないですか」
 もうすっかり暗くなっていた。彼らは時間に気付いて席を立った。辺りを見回すと、かなり特殊な話題から隔たった極めてありきたりの風景が二人を現実に戻した。
 外に出る。暑い。しばらく寒い中にいたから、暑さがこたえる。車に乗ってエアコンをつける。今の話の後ではクラシックを聴く気にはなれないから、ポップスをかける。

  When I take her to the track she really shines
  Giddy up giddy up 409
  She always turns in the fastest times
  Giddy up giddy up 409
  My four speed dual quad posi-traction 409
  409, 409, 409, 409
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 シナリオ
◆ 執筆年 2010年5月16日