シナリオ

飛行機
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59

 秀樹は何と言うべきか、思考を整理していた。いつのまにかアイスティーがテーブルの上に置かれていた。黒いカシュクールドレスにゴールドのボレロを羽織った麻衣が、「はーい」と手を振った。秀樹はグラスを手に取り、麻衣に手を振った。
 栄治が近寄って耳打ちした。
 「よお、こいつ、かなりいかれてると思うよな? 俺たちもあまり人のことは言えないけどさ、一番たちが悪いのは、新興宗教みたいのに取りつかれてる奴だよ。亜矢ちゃんもきれいな子だけど、もしこいつと同類なのだったら、ちょっと危ないかもな。やっぱり麻衣の方がいいんじゃねえか?」
 「ご忠告ありがとう」
 秀樹は普通の声で栄治に礼を言った。そして、毅然とした態度で歩夢に向き合った。
 「歩夢さん、あんたは、純粋におばあさんの教えを信じている女性の心を利用して、自分の思いどおりにしようとしているんだ。亜矢子は、あんたに言われたから、あんたとの関係を守護霊の導いたものだと思うようになった。おかげで亜矢子は霊的能力では歩夢さんにかなわないと信じきっている。でも、俺はそんなことはないと思う。きっと亜矢子は霊的能力では歩夢さん以上だと思うよ」
 半分はったりだったが、歩夢には効果があった。
 歩夢は、霊的能力でほかの誰にも負けるはずがないという自信を持っていたから、秀樹の言葉に強い反発を示した。
 「冗談じゃない。あなたは我々の世界を知らないじゃないですか? 前にお話ししたバーチャルリアリティーゲームは、亜矢子もよく参加しました。あのゲームは霊的能力、まあ、テレパシーと言ってもいいでしょうが、それを試すにはお誂え向きなんです。確かに亜矢子も全国の猛者と闘い、かなり鍛えられたと言っていいかもしれません。しかし、僕と比べたら本当に初歩的なレベルだと言わざるをえませんよ」
 「じゃあ、そのゲームで亜矢子が勝ったら、彼女の能力の高さを認めて、君なしでもやっていけると君の口から言ってもらい、今後は一切かかわらないようにすると誓約してもらえるね」
 歩夢は鼻で笑った。
 「そんなことはありえませんよ。でも、あなたがそれで気が済むというのなら、そうしましょう。僕が負けたら、亜矢子には決して近づかないと約束します」
 歩夢は、初めて秀樹に見せる、挑むような眼で睨んだ。
 「それで、僕が勝ったらどうするんですか?」
 「もちろん、君の好きにすればいい」
 麻衣が秀樹の脇にきて腕を握った。
 「秀樹、そんな約束していいの? もっと何か方法があるんじゃない?」
 秀樹は横を向いて、麻衣の美しい目を見た。
 「心配ない。絶対に亜矢子が勝つ」
 「ハハハハハ」歩夢はおかしくて仕方がないというふうに笑いだした。「この僕に勝てる者なんているはずないだろ。まったくありがたい取引を提案してくれたものだよ。なんなら秀樹さんと麻衣さんも亜矢子を手伝ってみたらどうですか?」
 秀樹は歩夢を見た。
 「手伝ってもかまわないのか?」
 「もちろん。三人でも四人でも同じことさ」
 歩夢はあごに手をやり、少し考えた。
 「その代わり、制限時間を設けさせてほしい。亜矢子が来るまで二時間として、今から三時間以内に僕を倒すこと」
 「なんだやっぱり自信がないんじゃないか」
 「違うさ。ダラダラやられて、いつまでたっても負けを認めないようだったら困るからね」
 「わかった。今が六時五分だから、九時五分までに勝負をつければいいんだな?」
 「その通り。じゃあ、亜矢子が来るまでデモンストレーションでもしてるかな? 心配しなくても大丈夫ですよ。怪我したりすることは一切ありませんから」
 歩夢は、デイパックから機材を取りだしてフル装備した。
 それは突然やってきた。誰も何が起こったかわからなかった。
 秀樹は激しい風のためにまともに立っていられなくなった。右腕で目の前をかばった。風がやんで、目を開いたとき、会議室の中は真っ暗になっていた。実際は、歩夢が暗幕を閉めただけなのだが、現実世界に限りなく似ている映像に取り巻かれ、皆の頭は完全に混乱していた。秀樹の意識が遠くなった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 シナリオ
◆ 執筆年 2010年5月16日