シナリオ

飛行機
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60

歩夢の攻撃

 どのくらい経ったのか。気づいたら目の前が真っ暗だった。それから、頭ががんがん痛んだ。しばらくの間、取り戻した感覚は、これがすべてだった。目を開いてもよく見えない。頭の奥が激しく痛む。頭を左右に強く振った。胸がむかむかした。目が慣れてきた。
 秀樹はものが見えてくると、思わず目を見張った。
 椅子に縛り上げられた歩夢を栄治がピストルで狙っていた。
 秀樹は思い出した。これはヨーロッパ旅行の機内で見た夢の光景そのままだ。あの時は、予知夢でもなんでもなかったと、亜矢子をバカにした。しかし、亜矢子が見たのはこの光景だったのかもしれない。秀樹は立ち上がって、栄治に近づいた。
 「やめろ。俺は金を出した。歩夢は自由の身になったんだぞ」
 「わかってるよ。しかし、あまりのことにびっくりしたんで、急いでやめさせようとして、思わず縛っちゃったんだ。今、ほどくよ」
 栄治があごを少し動かすと、すぐに部下が縄をほどいた。それで安心して、秀樹も椅子に腰かけた。すると、体に異変を感じた。膝頭が膨らんできた。痛くも痒くもないのだが、みるみるうちに子どもの頭ぐらいの大きさに成長した。そこに顔ができた。にこにこと笑って、秀樹を見つめている。
 「なんだよ、これは?」
 秀樹は気味が悪くて、思わず後ろに身を引こうとした。スチールの椅子がバランスを失って倒れ、秀樹はひっくり返った。顔が間近に迫り、口を大きく開けて、笑った。
 「アハハハハ」
 秀樹は倒れたまま後ずさりしたが、もちろん顔も一緒についてくる。
 栄治が、
 「だから、言わないこっちゃないだろう」
と、言っているうちに、顔が膨らんできて、さめの形になった。
 「歩夢がなにやら怪しい術を使ってな、おまえに悪さしようとしていたんだよ。だから、それを止めようとしたんじゃないか」
 彼の声は途中からほとんど人間の声をなしていなかった。凶悪な顔で吼えているさめにしか見えなかった。
 あまりにもリアルだったので、単なる映像だということを自分に言い聞かせるのに少し時間がかかったが、やっと慣れてきた。わかってはいても、やはり衝撃が大きい。よく考えてみればもっともなことである。我々は、こしらえものだと思っていても、やはりホラー映画を観れば、怖くなる。夜中に一人で観るのを避ける人は、そんなに少なくはないはずだ。テーマパークでも同じことが言えるだろう。スピードとスリルを目的にしたライドは、仕掛けがわかっていても、乗れば緊張したり、手に汗をかいたりする。まして、歩夢の仕掛けるアトラクションは、展開を予測できない部分が多いので、なおさら肝を冷やすのだ。目の前に視界いっぱいにとんでもない映像がリアルに登場したらどうしようと、思わず身構えてしまう。
 初体験の麻衣は、この異様な光景を目にして血相を変えた。秀樹に駆け寄ろうとすると、秀樹の膝にできたアニメのような顔が、猫のようにうなり声を上げた。
 「フー!」
 「な、何、これ?」
 近づこうとすると、「フー!」とすごまれるので、少し離れた所から話しかけるしかなかった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 シナリオ
◆ 執筆年 2010年5月16日