シナリオ
61
「ねぇ、どうすればいいの?」
「すぐ亜矢子を呼ぶ」
秀樹が携帯を開いてボタンを押していると、膝のファニーフェイスが伸びてきて、飲みこんでしまった。
「うわ、こいつ、食っちまったぜ!」
秀樹は歩夢の方向をにらんだ。
「卑怯だぞ、歩夢さん。亜矢子を呼ばせないつもりか」
「秀樹、番号を教えて!」麻衣が携帯を手に持った。
秀樹はうなずくと、ペンとノートを取り出した。亜矢子の番号をノートに書きとめ、破って渡そうとしたが、麻衣が受け取る前に、ファニーフェイスが舌をくるりと、目にも止まらぬ速さで動かして、飲み込んでしまった。秀樹はこれでいいと思った。あいつの気を散らせないと、麻衣の携帯が狙われる。そういうわけで、口頭では伝えなかったのだ。秀樹は、またノートに書きとめて、紙片を破った。
「また食べられちゃうよ。口で言ってくれればいいのに」
紙片を手渡そうとしながら、秀樹はウインクして、
「右手」
と言った。
「え?」
やはり紙片は化物の舌にとられた。しかし、それと同時に秀樹が反対の手で違う紙片を、麻衣の足元に突きだした。麻衣は素早く取ると二秒で暗記し、紙を捨てて携帯のボタンを押した。ファニーフェイスが紙を拾う間に、遠ざかって携帯を耳に当てた。亜矢子につながると、彼女は事情を説明した。亜矢子は驚いて、「すぐに駆けつける」と言い、当座の凌ぎ方を指示した。
「うん。わかった。わかった。そうすればいいのね。やってみるわ。ねぇ、早く来てね。もう、本当にすごい状態になっている……」そのとき、さめに変化した栄治が麻衣の手から携帯を奪い、口に放りこんでしまった。
「キャー!」
麻衣は栄治から飛びのいて、秀樹の傍らに寄った。
「ねぇ、方法を教えてもらったわ。簡単なの。触らぬ神に祟りなし、なの。つまり、気にして相手になったり、何か尋ねられても返事をしたりしないこと、なんだって」
「確かにあまりにも簡単だけど、それって逆に難しいかも」
秀樹の膝にできた顔は、にこにこわらったり、化け猫のような顔になって奇声を発したりを繰り返した。顔だけさめに変化した栄治は、二人の周りをぐるぐる歩き回りながら、不気味な声を響かせて、なにやら訴えていた。大きな赤い口は、見るからにいやらしく怖ろしい。
「何を言っているんだろう?」
秀樹は、近づいてくるその顔を、覗きこむようにした。
麻衣は驚いて、後ろから両肩をつかんで秀樹を引っ張った。
「やめなさいよ。かまわないでって言われたばかりでしょ」
「平気だよ。触らなければいいんだろ?」
さめになった栄治は、二人の横を何事もなく通り過ぎていった。「ぼぼー」とも、「ごごー」とも聞こえるような低い声を発し続けていた。
「おうおー、とか聞こえてこないか?」
「どうなのかしら、待って、……あ、やっぱりな。『亜矢子』って言ってるのよ。『亜矢子は俺のものだ』って」
秀樹は栄治をにらんだ。
「なんだよ、栄治は『亜矢子のことはあきらめた』って言ってたじゃないか!」
「違うわ。たぶん、歩夢の言葉だよ」
秀樹は思わず、椅子に座ってうつむいている歩夢を見た。じっと動かなかった。
「だって、気を失っているじゃないか? さっきからあのままだぜ」
「違う。感じるよ。何かエネルギーを出しているみたいよ。膝のお化けも、あのさめも、歩夢が私たちに見せているんでしょ? だから、歩夢の言葉だよ。亜矢子さんをあなたに取られたくないんでしょうね。ほら、聞いて」
「アヤコハオレノモノダ」
今度は、秀樹も聞き取れた。そういえば、なんとなく歩夢の話し方に似ていた。ぞっとするような声だった。
突然、絶叫とともに大きな口を開けたさめの顔が、目の前にあった。秀樹は大きな声を上げて、思わず目をつぶった。「もうだめだ」と思ったが、しばらくして恐る恐る目を開けてみると、何事もなかった。目で追うと、さめは背中を向けて、向こうへ歩いている。
「秀樹。秀樹。秀樹が憎い。畜生、俺の、俺の、亜矢子を取りやがって」
それが、だだっ広くがらんとした会議室に反響した。秀樹はたまらない気持ちだった。かんべんしてくれよ。俺が何をしたって言うんだ。無理矢理奪ったわけじゃないぞ。俺たちは互いに思いを寄せ合ったんだ。それにしても早く亜矢子は到着しないだろうか。
「すぐ亜矢子を呼ぶ」
秀樹が携帯を開いてボタンを押していると、膝のファニーフェイスが伸びてきて、飲みこんでしまった。
「うわ、こいつ、食っちまったぜ!」
秀樹は歩夢の方向をにらんだ。
「卑怯だぞ、歩夢さん。亜矢子を呼ばせないつもりか」
「秀樹、番号を教えて!」麻衣が携帯を手に持った。
秀樹はうなずくと、ペンとノートを取り出した。亜矢子の番号をノートに書きとめ、破って渡そうとしたが、麻衣が受け取る前に、ファニーフェイスが舌をくるりと、目にも止まらぬ速さで動かして、飲み込んでしまった。秀樹はこれでいいと思った。あいつの気を散らせないと、麻衣の携帯が狙われる。そういうわけで、口頭では伝えなかったのだ。秀樹は、またノートに書きとめて、紙片を破った。
「また食べられちゃうよ。口で言ってくれればいいのに」
紙片を手渡そうとしながら、秀樹はウインクして、
「右手」
と言った。
「え?」
やはり紙片は化物の舌にとられた。しかし、それと同時に秀樹が反対の手で違う紙片を、麻衣の足元に突きだした。麻衣は素早く取ると二秒で暗記し、紙を捨てて携帯のボタンを押した。ファニーフェイスが紙を拾う間に、遠ざかって携帯を耳に当てた。亜矢子につながると、彼女は事情を説明した。亜矢子は驚いて、「すぐに駆けつける」と言い、当座の凌ぎ方を指示した。
「うん。わかった。わかった。そうすればいいのね。やってみるわ。ねぇ、早く来てね。もう、本当にすごい状態になっている……」そのとき、さめに変化した栄治が麻衣の手から携帯を奪い、口に放りこんでしまった。
「キャー!」
麻衣は栄治から飛びのいて、秀樹の傍らに寄った。
「ねぇ、方法を教えてもらったわ。簡単なの。触らぬ神に祟りなし、なの。つまり、気にして相手になったり、何か尋ねられても返事をしたりしないこと、なんだって」
「確かにあまりにも簡単だけど、それって逆に難しいかも」
秀樹の膝にできた顔は、にこにこわらったり、化け猫のような顔になって奇声を発したりを繰り返した。顔だけさめに変化した栄治は、二人の周りをぐるぐる歩き回りながら、不気味な声を響かせて、なにやら訴えていた。大きな赤い口は、見るからにいやらしく怖ろしい。
「何を言っているんだろう?」
秀樹は、近づいてくるその顔を、覗きこむようにした。
麻衣は驚いて、後ろから両肩をつかんで秀樹を引っ張った。
「やめなさいよ。かまわないでって言われたばかりでしょ」
「平気だよ。触らなければいいんだろ?」
さめになった栄治は、二人の横を何事もなく通り過ぎていった。「ぼぼー」とも、「ごごー」とも聞こえるような低い声を発し続けていた。
「おうおー、とか聞こえてこないか?」
「どうなのかしら、待って、……あ、やっぱりな。『亜矢子』って言ってるのよ。『亜矢子は俺のものだ』って」
秀樹は栄治をにらんだ。
「なんだよ、栄治は『亜矢子のことはあきらめた』って言ってたじゃないか!」
「違うわ。たぶん、歩夢の言葉だよ」
秀樹は思わず、椅子に座ってうつむいている歩夢を見た。じっと動かなかった。
「だって、気を失っているじゃないか? さっきからあのままだぜ」
「違う。感じるよ。何かエネルギーを出しているみたいよ。膝のお化けも、あのさめも、歩夢が私たちに見せているんでしょ? だから、歩夢の言葉だよ。亜矢子さんをあなたに取られたくないんでしょうね。ほら、聞いて」
「アヤコハオレノモノダ」
今度は、秀樹も聞き取れた。そういえば、なんとなく歩夢の話し方に似ていた。ぞっとするような声だった。
突然、絶叫とともに大きな口を開けたさめの顔が、目の前にあった。秀樹は大きな声を上げて、思わず目をつぶった。「もうだめだ」と思ったが、しばらくして恐る恐る目を開けてみると、何事もなかった。目で追うと、さめは背中を向けて、向こうへ歩いている。
「秀樹。秀樹。秀樹が憎い。畜生、俺の、俺の、亜矢子を取りやがって」
それが、だだっ広くがらんとした会議室に反響した。秀樹はたまらない気持ちだった。かんべんしてくれよ。俺が何をしたって言うんだ。無理矢理奪ったわけじゃないぞ。俺たちは互いに思いを寄せ合ったんだ。それにしても早く亜矢子は到着しないだろうか。