あなたに夢中

ひまわり
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「きれいでしょ」
「うん」
「あっ、ビール出さなきゃ」
 温子は、350㏄の缶ビールをふたつ出すと、ひとつを龍一に渡し、ひとつを自分であけた。龍一の喉がグビッと鳴った。
「よし、飲んじゃえ」と言って、龍一もあけると、「そうだ、そうだ」とたきつける温子の、ブレスレットをはめている手に持つ缶にぶつけた。
 そのまま飲む。龍一が缶ビールをグラスに移さないでそのまま飲むので、温子にもその習慣が移った。
 食事がすみ、シャワーを交替で浴び、寝室のソファに並んで腰掛け、龍一はふたつめのビールを飲みはじめた。温子はそれを少し飲ませてもらった。

 五月に同じ学科の藤田律子がコンパの話を持ってきた。企画したのは星野真貴だった。真貴と律子は高校のときから交際している。
 高崎駅前にある、フランチャイズの、ちょっと大きな市にだったらどこにでもある居酒屋だった。真貴の在籍する、群馬県の若き俊英の学び舎、高崎国立大学の学生が、あっちにも、こっちにも、とぐろを巻いていた。
 合コンなんて初めての経験で、緊張してこちこちだった温子は、なんだかあまりぱっとしない男性陣を見て、一気に脱力した。それでも二、三、これは、と思う男の子もいないではなかった。
 星野真貴は活動的で話がうまかったし、あれこれと細かく気づかってくれたので、温子は親しみを持った。しかし、律子の大事な彼だから、これは除外。
 鈴木龍一は、乗りの軽い遊び人風で、ちょっとだけときめいた。しかし、全然それは違っていた。つかみどころがなくて、愛想のない男の子だったので、会話が続かなくて、持て余してしまう。自分のことをあまり話さない。と言うより、ほとんどなにも話をしない。けっしてきらいなタイプではないが、明日になればきっと忘れてしまうだろう、と温子は龍一に対する評価を確定した。
 ところが、そんな品定めに反して、龍一は温子の脳裏に刻まれることになった。コンパのあいだずっと、自分を見つめていたからだ。いやな視線ではなかった。静かで温かかった。
 そのあいだに交わした会話はほんの二、三片にすぎなかった。なにを飲むとか、これおいしいよとか、そんな程度だった。だから唐突に、電話番号教えて、と言われたときはびっくりした。龍一が電話番号を教えるときはおかしかった。これがアパートに一台しかない電話の番号、みんな面倒臭がりで、だれも出ないから、存在理由がないんだけど、とか、そんな感じだった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日