あなたに夢中

ひまわり
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 龍一は次の日さっそく電話をかけてきた。
「えーと、ドライブに誘いたいんですけど。どうでしょうか? 忙しければ、図書館まで。お暇でしたら、赤城まで」
 奇妙な選択肢のついた誘いだった。温子はデートの誘いに簡単に乗るような女の子ではなかったが、力の抜けるような龍一の言い方に気を許して、赤城山まで乗っかっていった。

 それからというもの、龍一は温子をちょくちょく誘った。こんなにちょくちょく誘ってくる男の人に温子はあったことがなかった。コンパの参加者の中でも龍一以外に自分を誘う人はいなかった。龍一のことを特に好きになったわけでもなかったが、かといって、参加者の中で、もういちどどうしても会ってみたいと思う人もいなかった。
 律子といっしょにいると、時には真貴と顔を合わせ、世話好きな真貴からあれこれ声を掛けられるということはあるが、彼は律子のボーイフレンドだし、もちろん彼に特別な関心をもっているわけではない。
 龍一はドライブばかりしたがった。夕日がきれいに見える所とか、眺めがよい所とか、空気がおいしい所とか、お化けが出るトンネルとか、たどり着くのはそんな場所ばかり。
 なぜかいつも乗ってくる車が違っていた。あるときはポルシェ、あるときはフェラーリ、またあるときはランボルギーニ・カウンタックというのなら格好いいのだが、彼のは、サニーか、カローラか、はたまたファミリアか、というところだった。
 板金屋でバイトをしていて代車が空いていれば使わせてもらえるのだと、龍一は温子に説明した。ガソリン代も持ってくれるらしい。
 目的地に着いてなにをするのかといえば、本当に山とかを眺めるだけだった。お化けトンネルを歩いたときは、怖いというより、馬鹿馬鹿しくていっしょに笑ってしまった。今度は夜にきてみようと言われて、さすがにぞくっとして、ちょっと彼の腕にしがみついた。でも、まだそのときは、手を握るぐらいの仲だった。
「おれは缶ビールをそのまま飲むのが好きなんだ」
 山のてっぺんとかで車をとめて風景を眺めるときは、龍一はそんなふうに言って小さいビールを一缶だけ飲む。温子もビールを渡されていっしょに飲む。
 温子は帰りの運転を心配したが、龍一は酔いが醒めるまで運転しなかった。そのあいだふたりでぼんやりと麓の町とか湖とかを眺める。悪くないと、温子は思った。
 空気のきれいな場所で、なにかの話をしているときだった。ふと温子は龍一の気持ちがわかった。温子も同じ気持ちだった。しばらく見つめあっていた。目を閉じると、龍一がそっと唇を重ねた。胸が熱くなった。寄り添って、肩を優しく抱かれた。谷間からあがってきた風に吹かれて、酔いが醒めるまで岩のうえに座っていた。山や谷が大きく見えた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日