あなたに夢中

ひまわり
prev

8

 車で出かけて、風景を眺めるのも悪くないと思った温子だが、さすがにそのうちに飽きてきた。
「またドライブ? ねえ、たまには映画に行こうよ」
 そう訴えたのが出会って一ヶ月たったころだった。温子はお弁当の入ったバスケットを抱えて、おじさんが乗るようなカローラの助手席に座っていた。初めてのデートのとき、「今度お弁当作ろうか」ときくと、龍一がとてもうれしそうにしたので、二回目のデートではお弁当を山で食べた。龍一がほんとうにおいしそうに食べるので、それから必ずお弁当を作ることにした。今日は、サンドイッチをぎっしり詰めてきた。龍一は横目で、白くてすらりとした温子の両手を見た。赤いチェックのワンピースがとてもよく似合っている。
「よし、わかった。映画に行こう。なにが見たい?」
 龍一の表情が少し曇ったのを温子は見逃さなかった。
「いいよ、やっぱり」
「なんで? 行こうよ」
 温子は黙った。空気が固くなってきた。
「ほんとうに、行こうよ。なにが見たい? 言ってみて」
 温子はまだ黙っていた。もうどっちでもいい気分だった。しかし、龍一はこういうとき、かなりしつこくなる。温子は龍一のしつこさに負けた。
「『ひまわり』」
「『ひまわり』か」龍一はますます暗い顔をした。
「どうかしたの。『ひまわり』は、なにかまずいことでもある?」
「うん、見ると不幸になるっていう話があるんだ」
「まさか?」
「ほんとうだよ。知らないの?」
「知らないわ」
 普段は重い龍一の口が、不思議なほど滑らかに動きはじめた。
「昔ね、恋人同士が『ひまわり』を見にいったんだ。」
 龍一は、広い交差点で右折車線に入って、ギュルギュルギュルとタイヤを鳴らして、Uターンした。バスケットを両手で抱えていた温子は、頭を窓ガラスにぶつけた。彼女は、頭をさすりながら、乱れた裾を直した。
「もう、気をつけてよ」
 龍一は低い声で「ごめん」と言って、話を続けた。
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日