あなたに夢中

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「映画を見おえると、わたしたち、なにがあっても離れないようにしようって、彼女は言った。ところが、男は次の日から姿を現わさなくなった。彼女は狂ったように探したけど見つからなかった。彼女の家は麦や米を作っていた。休耕地のひとつを両親に使わせてもらって、一面にひまわりの種をまいた。夏になったらそのひまわりを見て男の人が思い出すかと思ってね。彼女は、男が記憶喪失にかかったと信じていたんだ。毎年ひまわりは見事な花を咲かせるけど愛しい人はやってこない。近所の人たちは、ひまわりをとても喜んだ。ちょっとした名所になって、軽食を出す屋台まで現れた。でもある年、虫が大量発生してひまわりが全滅し、周辺の田畑や人家にも被害を与えた。すると、それまで応援してくれた近所の人たちが、すごい剣幕で苦情を言いにきた。人間って勝手なものだね。その女性は、苦情への対応に疲れはててしまい、とうとう、ひまわり畑の長い歴史に幕を閉じてしまったんだ。その跡地にできたのがおれの住んでるアパート。管理人のおばあさんがこの話の悲劇のヒロイン。独身。ものすごく意地悪。動物どころか植物を育てることも禁止。無断で育てているとある日なくなってしまう。おばあさんが処分しているっていうのがもっぱらの噂だ。あるとき、ある人がおばあさんに叱られた。鉢植えは持ちこまないでくださいって。ところが、おばあさんが、その人の鉢植えに植えてある苗がなんであるかに気づいたら、なにも言わずに帰った。ひまわりの鉢だったらしい。きっと、ひまわりに恋人の面影があるのだろうということだよ。ねえ、怖かったかい? もう、『ひまわり』、見たくなくなったでしょ?」
「怖くなかった。面白かったよ。わたし、『ひまわり』、余計に見たくなっちゃった。わたしたちの運を試そうよ」
「しまった。逆効果になっちゃったか」
しかし、温子はなぜ彼がこんな話をはじめたのかよくわからなかった。本当に『ひまわり』を見たくなかったのだろうか。それとも、自分を楽しませてくれようとしたのだろうか。ハンドルを握る彼の横顔をしばらく見つめていたが、表情からは読み取れなかった。
龍一は温子を映画館に連れていこうとしてあきれられた。
「昔の映画よ。知らなかったの? 知ってるんだとばっかり思っていたわ。ビデオを借りて見るのよ」
「なんだ、映画館に行かなくていいのか」
なぜか龍一はホッとしたようだった。しかし、すぐに眉を寄せた。
「まずい。おれの部屋にはビデオがない」
「いいわよ。わたしの部屋でいっしょに見ましょうよ」
昔の映画だからビデオ屋で探すのは大変だった。途中で、滑り台で遊んでいる子どもたちを見ながら、公園でサンドイッチを食べて、それからまた探しまわって、三軒目でやっと見つけた。
「怖くなかった。面白かったよ。わたし、『ひまわり』、余計に見たくなっちゃった。わたしたちの運を試そうよ」
「しまった。逆効果になっちゃったか」
しかし、温子はなぜ彼がこんな話をはじめたのかよくわからなかった。本当に『ひまわり』を見たくなかったのだろうか。それとも、自分を楽しませてくれようとしたのだろうか。ハンドルを握る彼の横顔をしばらく見つめていたが、表情からは読み取れなかった。
龍一は温子を映画館に連れていこうとしてあきれられた。
「昔の映画よ。知らなかったの? 知ってるんだとばっかり思っていたわ。ビデオを借りて見るのよ」
「なんだ、映画館に行かなくていいのか」
なぜか龍一はホッとしたようだった。しかし、すぐに眉を寄せた。
「まずい。おれの部屋にはビデオがない」
「いいわよ。わたしの部屋でいっしょに見ましょうよ」
昔の映画だからビデオ屋で探すのは大変だった。途中で、滑り台で遊んでいる子どもたちを見ながら、公園でサンドイッチを食べて、それからまた探しまわって、三軒目でやっと見つけた。