あなたに夢中
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第二部 特等席のチケット
布を張ったソファの感触をたしかめ、龍一のシャツの感触をたしかめると、温子はビールをひと口飲んだ。「龍一君、ひまわりの呪いにかかっちゃったの?」龍一の肩に頭を預けた。
「実家に帰ってたんだ。母親が身体壊しちゃって」
龍一の肩から離れて、龍一の目をじっと見た。嘘をついている顔なのか、真面目に言っている顔なのか、わからなかった。
「そうだったの。お母さん、大変だったのね。でも、なんで連絡してくれなかったの?」
「電話番号を書いたメモを置き忘れちゃったんだよ」
「龍一君、彼女の電話番号、覚えていない人っていると思う?」
龍一は意外な顔をした。そして狼狽した。
「彼女の電話番号は覚えるべきものなのか?」
温子は、飲みこみの悪い男子高校生の面倒をみる家庭教師の女子大生のように、口調がきつくなった。
「そうよ。彼女の電話番号は覚えるべきものなのよ」
「ごめん、知らなかったんだよ」
龍一は小さな子どものように素直に謝った。温子は龍一のこういう面に向きあうと、細かいことなんてどうでもいいやという気分になってしまう。
「もういいよ。十日間連絡しなかったこと許してあげる。でも、次回はわたしの電話番号覚えて、ちゃんと連絡するのよ」
「うん、ちゃんと連絡する」
「じゃ、仲直りしよう」
温子が龍一の目をじっと見て目を閉じた。龍一は抱き寄せようとしたが、はっと気がついたように言った。
「昨日、なんで真貴がこの部屋にきていたの?」
温子が体を離した。
「なんでだか考えてみてよ」
「寂しいので話相手になってもらったとか」
「わたしを馬鹿にしないでよ。真貴君、律子といっしょにきたの。心配して寄ってくれたのよ。律子が、真貴君はあなたと親しいから、状況を彼から直接きいたほうがいいだろうって。律子、バイトの時間になったから歩いて駅に向かって、それで真貴君だけが残ったのよ。おれのところにも連絡はないけど、あいつのいつものことだから心配するなって、いろいろ慰めてくれたのよ。龍一君、彼にお礼を言わないと罰が当たるわよ」