あなたに夢中

ひまわり
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16

 デッキはにぎやかで、生ビールも売っていた。
 龍一は生ビールと枝豆を買い、ちょうど寝椅子があいていたので、そこに寝っ転がって、海と空を見た。
 枝豆を一粒一粒丁寧に、さやから口の中にはじき出した。ほんのりとした塩味としゃきっとした歯ごたえが、生ビールのぱちぱちして冷たい感じと絶妙に調和する。
 海と空が美しい。波の描く紋様はずっと見ていても見飽きることがない。
「その寝椅子、次にわたしが予約してもいいかしら?」
 その声のほうを振り向くと、濃紺の水着を着た二十五ぐらいのスリムな女性が、真っ直ぐ立っていた。龍一はどぎまぎした。彼女はかまわず続けた。
「寝椅子が三つしかないのよ。ゆっくり使って構わないから、あいたら呼んでね。そこのデッキチェアーにいるから」
 それだけ言うと、彼女は指さしたデッキチェアーにもどった。
 龍一は周囲を見まわした。ジャグジーが二槽あり、二組のカップル、子ども連れの夫婦、子どもばかりが四人、男がひとり、思い思いに浸かっていた。ジャグジーの周囲に十二脚のデッキチェアーがあり、ほとんどは水着姿の人で埋まっていた。寝椅子は、さっきの女性の言ったとおり三つしかなかった。ジャグジーやデッキチェアーからサウナに行く人が時折いる。服を着ているのは龍一だけだ。
 龍一は生ビールと枝豆を持って立ちあがり、水着姿の女性に近づいた。
「どうもすみません、ジャグジーがあるとは思わなかったんです」
「あら、気にしないで」
「それじゃあ」

 温子はシアタールームでジブリのアニメをみていた。シアタールームは割と広くて快適だった。子ども連れがたくさんいた。暗い中でスクリーンを眺めていると、高校三年生のときにグループで行った映画館を思い出した。大町市の駅から歩いてすぐの古い映画館だった。
 友だちに映画に誘われ、行ってみると、グループデートだった。彼もいた。わたしと彼のようすがじれったくて、友だちが気を回したのだった。三年生になっても、彼は遠慮がちに話しかける程度だったし、わたしはそっけない態度を取りつづけていた。「その気はないの?」ときかれるといつも、「うーん」とあいまいに答えていたが、友だちはわたしに脈があることを、うすうす気づいていたようだ。
 男子三人、女子三人が、駅で落ち合った。特にだれかとだれかが付き合っているというわけではなかったが、友だちがよく話している男子と、その友だち、そしてどう話をつけたのか、彼がそこにいた。彼はほかのふたりの男子とはそれほど親しいわけではなかったので、所在なさそうなようすだった。わたしは彼がくることを聞かされていなかったので驚いたが、彼も驚いていた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日