あなたに夢中

ひまわり
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「パッツィ・ケンジットってかわいいよね。スカートが超ミニで」
 エイス・ワンダーのボーカルのことだ。パッツィ・ケンジットはツイッギーみたいなミニスカートで歌う、声とルックスがとびきりキュートなイギリスの歌手だ。
「龍一君は、きゃぴきゃぴしたのが好きなんだね。おニャン子とかも好きでしょ?」
「そんなことないよ。それにおれ、洋楽しか聞かないし」
 龍一はコンソールボックスをあけて、マクセルのテープを出した。これは龍一の字ではない。整った、女らしい字だ。龍一のために、お気に入りを編集したのだと、温子は思った。
「昔の彼女?」
「そんなんじゃないよ」
 それだけ言って、テープを温子に渡した。温子もそれ以上きかなかった。きいても仕方ないし、きかなければよかったと後悔することが、世の中には多い。
 ユーリズミックスの『ゼア・マスト・ビー・アン・エンジェル』、ベルリンの『愛は吐息のように』、MR.ミスターの『キリエ』、フィル・コリンズの『イージー・ラヴァー』、『ワン・モア・ナイト』、『トゥルー・カラーズ』。
 きゃぴきゃぴ路線ではなかった。しっとりとしたムードがあった。夕闇に包まれながら聞くと心が安らかになった。
「こういうのがいいよ」
「フィル・コリンズが好きなの?」
「わたし、洋楽はあまり聞かないからよくわかんないけど、こういううるさくないのは、いいよ」
「だって、エイス・ワンダーのことよく知ってるじゃん」
 別れた彼が好きだったのだ。ふたりでテレビを見たときに、パッツィを知ったのだ。
「友だちが好きだったから知ってるの」
「友だちって女の子?」
「そう」温子は話題を変えた。「ねえ、この曲もう一回聞きたい」
「『トゥルー・カラーズ』が気に入ったの?」
「うん」
「これはシンディ・ローパーが歌ったのを、フィル・コリンズがカバーしてるんだ」
「ふうん」
「シンディ・ローパーで聞いてみる?」
「持ってるの?」
「うん。でも、ちょっときゃぴきゃぴしてるかな。いや、シンディはちょっと別格だな」
 龍一はカセットを渡した。温子はカセットを入れ替えた。しばらく温子は静かに聞いていた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日