あなたに夢中

ひまわり
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22

「ねえ、温子さん。君のためにひまわり畑までやってきたんだ。どう? いまの気持ちは」
「だからうれしいわ。ありがとう龍一君」
「もっとなんかさ、違う言い方がないの?」
 温子は気分が悪くなってきた。
「なんて言ってほしいの?」
「……」
 温子はひまわり畑のほうに目をやり、もうなにも言わなかった。

 車の中にもどっても温子はあまりしゃべらなかった。
「ねえ」
 龍一は温子の目をのぞきこみながら言った。
「このためだけじゃないよ。北海道はいいところさ。いっぱい楽しもう」
 龍一が努めて明るく言っても、温子の心のむなしさは広がるだけだった。
「もういいの」
 それは、もう帰りたいと聞こえた。
 またしばらく時が過ぎた。重苦しい沈黙がふたりをどこまでも沈めていきそうだった。
 龍一がなんとかもういちど浮上させようとした。
「なにか食べよう」
「いらない」
 温子は即座に答えた。
 龍一はしばらく黙って考えていた。
 考えがまとまると、再挑戦を試みた。
「昔ね、村の掟でガラスのケースの中に密閉されたことがあるんだ。パスタといっしょにね」
 温子は黙っていた。
「村の子どもを間違って死なせちゃったんだよ。隣の家の子どもだったんだ。気があったんだ。砂浜で走ったり、浅いところで泳いだりして、毎日遊んでいたんだ」
 温子は少し耳をそばだてた。
「ある日砂をかけあって遊んでいた。おれが先に埋められた。次にその子を埋めてやった。そのとき、顔を帽子で覆って砂をかけようって思いついたんだ。どっちが思いついたのかはもう思い出せない。体を十回転させてから探そうってことにもなった。これもどっちが思いついたか思い出せない。おれは目を回しながら、ヒイヒイ言って探しはじめた」
「……」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日