あなたに夢中

ひまわり
prev

23

「それがさ、どこにも見当たらないんだ。はじめのうちは、そうこなくちゃ面白くないと思ってはしゃいでいた。ところが、どうやっても見つからないんだよ。呼んでもなんとも言ってこない。もっとも、向こうは隠れているつもりだから当然だったかもしれない。それでもあまり長い時間がたったから、だんだん泣きたい気分になってきた。どこを掘っても出てこないんだ。そんなはずはないと思ったよ。さすがに頭の中が真っ白になった」
「……」
「おれは泣きべそをかきながらその子の親を呼びにいった。家々のあいだを胸を詰まらせて走り抜けた。さびたトタン屋根の漁師の家が身を寄せあってるような寒村なんだ。その親というのがすごい貧乏人だった。父親が、飲んで、賭け事をして、全部使っちゃうんだ。母親が、女でもできる仕事を浜辺でして、なんとか細々と生活しているけど、病気がちだし、父親に巻きあげられるしで、大変だったようだ。その子のためになんとか気張ってるところがあった。でもね、母親が井戸の近くに子どもを立たせて行水させていて、背中を押そうとしているのを見たとか、よく村の人の噂が耳に入ってくるんだ」
 あけっぱなしの窓から風が入ってきた。夏の北海道の風は半袖だと少し肌寒かった。
「とにかく母親は呼ばれて出てきた。浜辺まで連れていくと、龍一ちゃん、あとはわたしが探すから帰っておくれよって、言うんだ。見つかるまで探すと言うのに承知しなかった。そのうち、怖い目で、早くお帰り、といままでにない強い調子で言われて、おれはすごすごと家に帰った」
 温子はワンピースから出た腕をさすって温めた。
「次の日、村の長老に呼ばれてものすごく怒られた。その子が溺れて浜辺に打ちあげられたんだ。龍一ちゃんが砂で埋めて、わたしは探したけど見つけられずに、日が暮れて、波にさらわれたと、母親は言い張った。うちの親は土下座して謝り、少なくない金を渡した。おれはビンケースに入れられた」
「ビンケース?」温子は眉を寄せた。
「村では人を殺した場合の罰則がきまってたんだ。大人だと、開きにされて、鰺と干されるんだ。子どもは、半年間ビンケースに入れられることになっていた。おれの場合、その子をよくかわいがっていることをみんな知っていたから、少し軽くしてもらって、三ヶ月間、閉じ込められた。でも、三ヶ月だってつらいもんだよ。周りにはみんないるのに、声が届かないんだ。マジックミラーになってるから、だれも自分に気づいてくれない。三ヶ月後、ビンケースから出たおれは、すっかり表情のない子どもになっていた。自分の思いや感情を伝えることもできなくなっていた」
 温子は顔をあげて眉間に皺を寄せた。
「いったいどこまでがほんとうのことなの?」
next

【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日