あなたに夢中

ひまわり
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 龍一は、コップの水をちびちび飲んで、なくなってもやめなかった。
「どうしてひまわりを見るために北海道まできたの?」
「喜ぶかと思って」
「うれしかったけど、でもそれだけのためにこなくても……。どこを見て回るかふたりでよく計画してもよかったんじゃない? 第一わたしがそこまでしてひまわりを見たいと思ったの? で、ひまわりを見て、あと六日間はなにするつもり?」
 龍一はまぶしそうに斜めから温子を見て、ぼそぼそと言った。
「毎日、ひまわりを見るかなあと」
 温子はきょとんとして、それから少しだけ頬を緩めた。
「ほんとうに、あなたって人は」
 スパゲティ・ミートソースとシーフード・カレーがきて、しばらく黙々と、ふたりは食事をした。そのうちに、温子がまた言った。
「でもね、これだけは覚えといてね。考えとか気持ちとかは言葉ではっきり伝えるべきなのよ」
 この言葉は、シーフード・カレーの皿の横に、折り目正しく、進呈と書いて、のしまで付いて、龍一の前に置かれた。龍一はハハーとかしこまって受け取った。
「いいわ。ここまできたんだから、ひまわりを毎日見るわ」

 次の日、朝からひまわりの前に立ったが、三十分もするとどちらの顔にも退屈が見えはじめた。
「やっぱり、ひまわりは、ウクライナに行って、列車の窓から眺めるのに限るね」
「ええ、そうね」
「お嬢さん、ぼくと北海道をめちゃくちゃに走っていただけませんか」
「よろこんで」
「ねえ、昨日の話の砂浜ってどこなの?」
「北海道砂埋里海岸だよ。砂で埋める里って書くんだ」
「うそばっかり。でも、砂浜に行きたーい」
「行ってみようか。どこがいい」
「どこでも、めちゃくちゃに走って着いたところにしよう」
 海岸に着くまで温子は忠実なナビゲーターとして働いた。
 バナナラマがふたりをめちゃくちゃハイにさせた。『第一級恋愛罪』、『アイ・キャント・ヘルプ・イット』、『ヴィーナス』は最高だった。歌を聞いていると、三人娘の涼しい目もとが頭に浮かんでくる。運転をしている龍一の首にしがみついて、温子は「ワオッ」と叫んだ。龍一は一〇〇キロ以上出していたが、北海道の道幅は広くて、蛇行しても心配なかった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日