あなたに夢中

ひまわり
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28

「持ち上げてみよう」
「手伝おうか」
 ふたりは一分もたたないうちに無理だということを思い知らされた。
「こんなことしてても時間の無駄よ。だれか人を呼んでこないと」
「おれ、いろいろ試してみるから、呼んできてくれないかな」
「わたしが行くの?」
「おれ、そういうこと苦手なんだ」
 龍一は本当に弱りきった顔をしていた。温子は、「龍一君のせいでこうなったのに」と捨てゼリフを残して、民家のほうへ歩いていった。

 一〇分ほどで温子はもどってきた。顔が青ざめていた。
「龍一君、人がひとりもいないの。どの家もがらんとして、呼んでも出てこない。だれも歩いていないし、なにも物音がしない。ちょっといっしょにきてくれる」
 龍一の顔つきも変わった。ふたりはおずおずと歩いていった。
「だれかいませんか?」
 龍一は民家の玄関前で呼びかけたが、なんの返事もなかった。
「たしかにだれもいないみたいだ。これが最後の家だったよね」
「うん」温子が不安そうな顔で返事をした。「これって、どういうことなの?」
 龍一はそれに答えずに、そこいらを調べていた。
「漁民がここを捨てて、ほかの土地へ移っていったのかな? いや、そうじゃないな。たしかにいまでも人が住んでるよ。もしくはごく最近までは住んでいたはずだよ。ほら、見てみな」
 龍一はポストの引き出しを持ちあげ、中のものを手に取った。
「二日前と昨日と今日の新聞。暑中見舞いの葉書。ダイレクトメール。請求書」
「ほんとうだ。でも、どうしたのかしら? 旅行にでも行ったのかしら?」
「集落全体でかい? あんまり考えられないな」
「じゃあ、どうしたのかしら?」
「そうだね。考えられるのは、まず、レミングみたいに集団自殺したことかな」
「バカ言わないでよ。なにが、まず、よ」
「でも、そうかもしれないよ。毎日毎日、昆布とかうに海胆とか獲るのに飽きたんだ。次に考えられるのは、何者かに襲撃されて」
「もう、いいわ。そんなくだらない空想をしている暇があったら、なんとか方法を考えてよ」
 龍一は不思議そうな顔をした。
「方法ってなんの方法?」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日