あなたに夢中

ひまわり
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「ええ、それはわたしもわかります」
 それから、母親は少し真顔になって言った。
「温子さん、龍一のことを許してね」
 温子もかしこまって答えた。
「ええ、それは大丈夫です。わたし、昨日と今日でいろんなことがいっぺんに変わったんで、頭が少し付いていけなくなっただけです。もう大丈夫です。とにかくほっとしました」
 母親は独り言のような、父親に向かって言っているような、どっちつかずの口調で言いだした。
「おかしいと思ったんだ。龍一ったら、集落の旅行の日程をずいぶんしつこくきくんだもの。ほんとうにだれも残らないんだな、ひとりも残らないんだなって、それはしつこくきいてたのよ」
 父親は相槌を打った。
「でも、呪われた漁村って笑っちゃうわね。ひまわりに呪われるなんて、どっから思いついたのかしら」
「それは」
 温子が、ふたりで映画を見てからのことを簡単に話した。
「ああ、そういうことね。それだけひまわりにまつわるいろいろな出来事があって、呪われた漁村の民家の一軒一軒にひまわりが咲いていたら、たしかにぞっとしちゃうものね」
 母親はそう言うと、はっと思いついて、また続けた。
「ああ、それでだったのね」
 彼女はおなかをさすりながら苦しそうに笑いだした。
「どうしたんですか」
 母親は涙を流しながら笑い、それゆえところどころ聞き取りづらい話し方で、龍一の計略の一端を暴露した。
「それがね、いつだったかしら、突然ひまわりの苗を送ってきたのよ。外国の珍しいひまわりが手に入ったから、集落の一軒一軒に配って植えてもらうようにって。ほんとうに、普通じゃ絶対に手に入らない苗なんだから、みんなに大切に育ててもらうんだ、もし植えてくれない人がいたら、頼んで母さんがその家に植えてやってくれって。そのときは、ずいぶん変なことを頼む子だなあと思ったけど、いまにしてみれば全部温子さんを怖がらせる仕掛けだったのね。やっと咲いたと思ったら、どこにでもある普通のひまわりなんで、馬鹿にしてと思ってたところなのよ」
 苦心しながらやっと話し終えた母親は、しばらくのあいだ腹を抱えて笑っていた。
 温子はいろいろなことが頭の中でつながってきて、おかしくなってきた。くすくすと笑いはじめたら、とまらなくなってきた。父親はかなり前から、明るい声を立てて笑い転げていた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日