あなたに夢中

ひまわり
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 母親と明子が食事を運び終え、父親の横に座った。
 なにもないと言っていたが、座卓のうえに置ききれないほどの海産物が並べられた。たしかに刺身はなかったが、干した物や漬けた物はバラエティに富んでいた。鰺、鰊、バイ貝、つぶ貝、ナマコ、蛸、ワカメなどが、あるいは焼いてあり、あるいは煮てあり、あるいは漬けてあった。みそ汁の具にはもずくが入っていた。
「昨日、海胆と獲って食べたんだとよ」
 父親が母親と明子に話した。
「まあ、おいしかったでしょ」
 母親がにこやかに温子にきいた。
 温子が返事をしようとすると、明子が鋭い声で言った。
「海胆は禁漁になってるでしょ」
 少し空気が重くなったが、父親がわだかまりのない声で場を取りなした。
「うちの客なら、いっくら獲ったって構わないよ」
 龍一は食べているあいだ、ほとんど話をしなかった。母親と父親が旅先での出来事を面白おかしく話して、場の空気を淀みないものにした。明子がふたりに等分に合いの手を入れて、雰囲気を盛りあげた。そのうちに明子が急に温子のほうを向いた。
「温子さん、いっしょに泳がない? おじさんに解禁をもらったんだから、鮑とかもずくとかいっぱい獲っちゃおうよ。もちろん、海胆もね」
 温子はにっこりして言った。
「ありがとう、明子さん。でも、海胆はしばらくたくさんよ」
 みんな、どっと笑った。父親が冗談っぽく制した。
「おい、おい、あきちゃんにかかると、ごっそりやられちゃうんだから、手加減してくれよな」
「やだ、絶対手加減しないから。おじさん、明日からしばらく休漁だよ」
「そりゃ助かるな。おじさんもう飽きるほど漁師をやってきたから、ぼちぼち定年退職と決めこむか」
 また、みんな笑った。
 明子は立ちあがって温子を促した。
 つまらなそうな顔で新聞を眺めていた龍一も、「ほら龍一、置いてくよ」と、明子に言われて、さっと立ちあがった。

 明子は朱色のビキニを着てきた。布のような光沢で、品があった。しなやかで均整がとれていて、夏の申し子のようだった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日