あなたに夢中

ひまわり
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 二階の部屋で、明子と温子は龍一のショルダーバッグの中身を畳に並べて笑っていた。
「ある、ある。フランケンシュタイン。狼男。なにこれ? すごく気味が悪いお面ね。それから……なにこれ? 見て、猫の死体とナイフ。本物みたい」
「やだ、もういいわ。気持ち悪くなっちゃった。ねえ、じゃあ、わたしが懸命に助けを呼んでるうしろで、龍一君は車の中の人を脅かしていたわけ?」
「それ以外に考えられないわね」
「でも、なんでそんなことをしたのかしら?」
「きまってるじゃん。だれもいない夜の浜辺を演出できたのに、車が動くようになっちゃったら、ほかのところに行かないわけにいかないじゃない」
 温子は頬をわずかに染めた。
「でも、前にもよくそういうことをしていたんでしょ? 人を脅かすのが好きなのかしら」
「それはねえ」明子はとても暗い表情になった。「思い出したくない話なの」
「なら、いいのよ」
「ううん、いずれ知るんでしょうから、教えとく」
 明子は深刻な表情で話しはじめた。
「一年前、この村で実際に起きたこと。ある女子高生が部活の帰り、通りがかりの車の運転手に襲われた。その子はひどいことされて、殺されちゃった」
 明子の声がかすれた。温子は沈痛な面持ちになった。明子は先を続けた。
「このへんの国道には、電話もないし、外灯も少ないの。そのあとよ、龍一君のお化け騒ぎは。でもそのかいあって、見まわりは増えたし、電話と外灯の設置の申請も受理されたのよ。龍一君、村の人のやることは呑気で駄目だって。龍一君が動かなきゃ、改善されなかったかも」
 温子はかすれた声でたずねた。
「もしかしたらその女子高生、美雪さんって言うんじゃない?」
「なんでわかるの?」
「表札にあったからもしかしたらと思って。それに遺影も」
「そのとおりよ」
「わたし、お線香あげさせてもらっていい?」
「うん。おじさんとおばさんに話してあげる」

 母親も父親も喜んだ。温子が線香をあげ、手を合わせると、三人も手を合わせた。温子はしばらく目を閉じていた。
 しばらくして父親が言った。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日