あなたに夢中

ひまわり
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 考えれば考えるほど、頭が混乱していった。
 ものすごく悩んだときは、自分のそのときの気持ちに素直に従うんだよ。おばあちゃんがよく教えてくれたな、と温子は思った。そうか、わたしの素直な気持ちを考えよう。なんだ、簡単なことじゃないか。わたしは龍一君がとても好き。いろいろありそうだけど、そんなことは関係ない。少なくともわたしに害を与えるような悪い人じゃない。よくわからないところもあるけど、龍一君はわたしを一生懸命大事にしてくれているみたい。それはたしかなことだ。きっと。たぶん。……ごめんなさい、明子さん。わたしはやっぱり龍一君といっしょにいたい。
 気づいたら、目から涙が流れていた。枕にぽたっと垂れて、はじめて気づいたのだ。拭ったと思うとまた流れてきた。何度拭ってもきりがなかった。声を立てずに泣いているうちに、いつしか眠りについていた。
 寝ながら、背筋がぞっとするようないやな感じがした。近くでなにか気配がした。明子がきつい目をしてなにか訴えている。温子は聞き取ろうと思い、少し近寄った。まだはっきり聞き取れない。また少し近寄った。今度は恐ろしいほどよく聞こえた。耳がプルプル震え、痛くなった。
「龍一はね、わたしのものなのよ。ずっと昔から好きだったんだから。あんたになんか渡さないわ。わたしから龍一を引き離したら、ただじゃおかない」
 温子は飛び起きた。隣を見ると、静かに寝息を立てて寝ている明子が常夜灯に照らしだされていた。
「夢か」と、小さな声でつぶやいた。パジャマが汗でぐっしょり濡れていた。「さっきのも夢だったのかな」

 次の日温子は朝からそわそわしていた。
 三人は海に出た。
 龍一はひとりで沖まで泳いだ。
 温子と明子はゴムボートに乗って岩の周辺を漂った。
「温子さん、今日はそわそわしてるね」
「そうかしら」
「どうしたの? なにかあったの?」
 温子は少し考えてから言った。
「今日はとても大事な日なの」
「なにかの記念日?」
「そんなんじゃないわ」
「じゃあ、なに?」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日