あなたに夢中

ひまわり
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「おばあちゃんの手術があるの。癌。もしかしたら助からないかもしれない。転移が始まってるし、年だし。おばあちゃんは、小さいころから遊んでくれて、いつもわたしをかばってくれたんだ。カポーティの『クリスマスの思い出』っていう話、わたし好きなの。おばさんが自分の孫ぐらいのいとこをかわいがる話。クリスマスの準備を楽しみにしていて、いっしょに凍った森までモミの木を切りにいったり、いろんな人に配るたくさんのフルーツケーキを焼いたり、とにかくとっても仲良く仕事をするの。たくさんのケーキの材料を買うのにふたりは一年かけていろいろと内職をするのよ。でもそのうちに、小さないとこも大きくなって、戦争に行かなければならなくなったの。兵隊に取られたあとも、ふたりは手紙でやりとりをしていたのよ。ふたりで育てていた犬が死んで、それを埋めたという報告が、おばさんからの最後の手紙になったわ。わたしとおばあちゃんの関係は全然この話と似てないけど、おばあちゃんを思い出すと必ずこの話を思い出すの。大学生になって、独り暮らしをして、もう何ヶ月も会ってないから、今回はどうしても手術に付き添いたかったんだ」
「そんな大事なことがあるのに、どうして北海道なんかにきちゃったの?」
 明子があきれたような顔をした。
「わたしもやめようと思ったんだけど」
 温子は困った顔をした。
 明子はその顔を見て、納得したような顔をした。
「なんとなくわかったわ」
 明子は少し考えてから、先を続けた。
「龍一って自己中でしょ? 昔からそうなんだよ。大事なことを言わない。自分で決めると相手の都合をきかずにひっぱりまわす」
 温子は肯いた。
「映画の『ひまわり』を見て、感動して、しばらく顔を見せないと思ったら、十日後にフェリーの特等の往復チケットを持ってきて、なにを見るとも言わないで、ひまわり畑にわたしを連れてった。たしかに明子さんの言うとおり、自己中だわ」
 明子は、今度は龍一を弁護しだした。
「でも、基本的にはあなたを喜ばせようとしているのよ。だって、特等のチケットなんてすごいじゃない。龍一、奨学金とバイトでやっと生活してるから、温子さんを連れてきたくて頑張ったのよ。顔を見せない十日間、どこに行ってたって?」
「お母さんが病気になったから実家にもどってたって」
 明子はかん高い声で笑いだした。
「うそばっかり。おばさんぴんぴんして昆布を干してたよ」
「もう!」温子はふくれた。「それじゃあ、どこに?」
「鈍いなあ」明子はにやにや笑った。
「あっ、知ってるんだったら教えてよ」温子が顔を近付けた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 あなたに夢中
◆ 執筆年 2000年8月6日