憑依

5
兄から貸与されている米国の文化的資料を、彼女は目を見張りながら閲覧している。本当は、もっと極端に着衣の少ない米国美人が幾人も登場する写真集も持っているが、それは余人の決して目の届かないところに隠してある。兄嫁の菜摘は、背もたれのないイスを持ってきて、机の横のところに座り、まだ意味もなく雑誌をひっくり返している。半分は男性を刺激する目的で販売されている、この手の雑誌を見ながら、この自分よりも二つほど年齢の低い義理の弟が何をしていたのか、菜摘は十分に理解している。ノックをした時の、慌てぶりと、物音が、それらを存分に物語っていた。菜摘は義弟を気に入っている。
菜摘が初めて豊雄を見たのは、二年半ほど前である。県知事の長男が大阪のホテルで結婚披露宴を催した時、新婦側の親族として出席していたのが菜摘だった。このころ、菜摘は高校三年生だった。県知事は豊雄の叔父にあたる。豊雄の父は、網元の長男で、家を継ぐことが早くから決まっていた。次男、三男は、早晩家からでることが決まっていた。次男は勉強家で、東大を出て、建設省の役人になった。そして、最近、知事選に出馬し、見事当選し、故郷に錦を飾ることになったのである。三男は京都の大きな商店に婿入りした。新婦の父親は、地元の名士で、建設会社の社長である。その兄も建設会社の社長をやっている。菜摘はその次女だ。菜摘の父と叔父が和歌山県の建築業界を牛耳っているといっても過言ではない。
父の武雄に連れられて、豊雄は名士たちにあいさつに回った。建築業界のドンの席にいき、新婦の従妹である菜摘と目が合ったとき、豊雄は胸が騒いだ。菜摘も姿形がよく、しかも優男の豊雄に、胸がときめいた。彼女は、筋骨たくましい男にはあまり興味を持っていなかったのだ。しかし、菜摘の美しさに目をつけた兄の武一郎が、長男の威厳で菜摘と話す権利を無理やり獲得し、長いこと話しこんでいたので、豊雄は席に戻り、料理を食べることで所在なさを紛らわせていた。時折、ちらっ、ちらっと、菜摘の方を見た。菜摘も、笑顔で彼の目にこたえた。その美しく愛らしい目は、自分に好意を持っている印のように、思えて仕方なかった。
菜摘は、隣席の母親が酒をついで回りはじめたために空いたその席に、武一郎がどっかりと腰を据えて、どうでもいい話を延々と続けるので、気が気でなかった。菜摘は大声で話す大雑把な男の弟とゆっくり話をしたいと思った。
披露宴が終わり、二次会の席にも武一郎と豊雄は、つれていかれた。新郎新婦が友人たちと盛り上がっている奥で、武雄の一家と、菜摘の一家がひそやかに話をした。どうやら、武一郎と菜摘を一緒にさせようということが、あらかじめ決められていたらしい。武一郎は乗り気でなかったのだが、実際に菜摘を見て、惚れこんでしまった。二人を連れてきてよかったと、両家の親たちは、大笑いしている。それが、豊雄の神経に触った。菜摘は複雑な表情をしていた。
菜摘が初めて豊雄を見たのは、二年半ほど前である。県知事の長男が大阪のホテルで結婚披露宴を催した時、新婦側の親族として出席していたのが菜摘だった。このころ、菜摘は高校三年生だった。県知事は豊雄の叔父にあたる。豊雄の父は、網元の長男で、家を継ぐことが早くから決まっていた。次男、三男は、早晩家からでることが決まっていた。次男は勉強家で、東大を出て、建設省の役人になった。そして、最近、知事選に出馬し、見事当選し、故郷に錦を飾ることになったのである。三男は京都の大きな商店に婿入りした。新婦の父親は、地元の名士で、建設会社の社長である。その兄も建設会社の社長をやっている。菜摘はその次女だ。菜摘の父と叔父が和歌山県の建築業界を牛耳っているといっても過言ではない。
父の武雄に連れられて、豊雄は名士たちにあいさつに回った。建築業界のドンの席にいき、新婦の従妹である菜摘と目が合ったとき、豊雄は胸が騒いだ。菜摘も姿形がよく、しかも優男の豊雄に、胸がときめいた。彼女は、筋骨たくましい男にはあまり興味を持っていなかったのだ。しかし、菜摘の美しさに目をつけた兄の武一郎が、長男の威厳で菜摘と話す権利を無理やり獲得し、長いこと話しこんでいたので、豊雄は席に戻り、料理を食べることで所在なさを紛らわせていた。時折、ちらっ、ちらっと、菜摘の方を見た。菜摘も、笑顔で彼の目にこたえた。その美しく愛らしい目は、自分に好意を持っている印のように、思えて仕方なかった。
菜摘は、隣席の母親が酒をついで回りはじめたために空いたその席に、武一郎がどっかりと腰を据えて、どうでもいい話を延々と続けるので、気が気でなかった。菜摘は大声で話す大雑把な男の弟とゆっくり話をしたいと思った。
披露宴が終わり、二次会の席にも武一郎と豊雄は、つれていかれた。新郎新婦が友人たちと盛り上がっている奥で、武雄の一家と、菜摘の一家がひそやかに話をした。どうやら、武一郎と菜摘を一緒にさせようということが、あらかじめ決められていたらしい。武一郎は乗り気でなかったのだが、実際に菜摘を見て、惚れこんでしまった。二人を連れてきてよかったと、両家の親たちは、大笑いしている。それが、豊雄の神経に触った。菜摘は複雑な表情をしていた。