憑依

9
問一の空欄に入った数字から順番に並べてみる。19、21、11、9。これだけではなんだかわからない。解き方をもう一度点検してみた。間違ってはいない。数列になっているのかもしれないと、あれこれいじってみたが、意味がなさそうなのでやめた。単純に考えてみた。たとえば、アルファベットに置き換えてみたらどうだろうか。1=A、7=Gという具合である。やってみる。19=S、21=U、11=K、9=I。SUKI。すき。スキ。好き。豊雄はしばらく動けなかった。弁当を片手に箸を動かしながら、豊雄に話しかけた友人に、数回同じことを言われて我に返った。友人は用件が済むと前を向いて静かに食事を続けた。豊雄はパンを片手に持って、食べながら問題を解いていたのであるが、続きを一口、二口もぐもぐ口に入れた。味がしなかった。というより、味覚の刺激が脳細胞まで達しなかったのだ。豊雄はよく考えてみた。何かの間違いかもしれない。都合のよいように考えると、当てが外れたときに落胆の度合いが大きい。「当て」? 「当て」って、何を考えている? 相手は兄貴の嫁さんだぞ。そんなことできるわけないじゃないか。豊雄は自分のよこしまな考えを恐れた。うれしがることではない。頭を抱えるべきことだ。とにかくこのことは考えないようにしようと心に決めた。
放課後、家に帰り、部屋でノートや問題集を広げると、気もそぞろになった。兄嫁はいつものようにやってきた。いつもどおりの顔で、いつもどおりにノートを出したなとおもっていると、一瞬、耳元に口を寄せた。ささやいた。
「わかった?」
えもいわれぬ香りが鼻孔をくすぐった。麝香ってこういう香りなのかもしれない。
「うん」
ほかに答え方がなかったのだろうかと、自己嫌悪に陥った。兄貴の嫁さんだぞ。しかし、このことはこれだけで、いつものように勉強を始めた。終わるころ、また同じような問題を、今度は昨日の四倍渡された。夕食後部屋に戻り、同じような要領で解いた。アルファベットに置き換えたら、胸がドキドキした。日本語になったのだ。二つのことでうれしくなった。昨日の言葉が正しかったことと、昨日の言葉の意味が強化されたことだ。ASUASAKUJIKAIKANと読めた。豊雄にはわかった。うれしかった。うれしくなってはいけないと思ったが、無理だった。
放課後、家に帰り、部屋でノートや問題集を広げると、気もそぞろになった。兄嫁はいつものようにやってきた。いつもどおりの顔で、いつもどおりにノートを出したなとおもっていると、一瞬、耳元に口を寄せた。ささやいた。
「わかった?」
えもいわれぬ香りが鼻孔をくすぐった。麝香ってこういう香りなのかもしれない。
「うん」
ほかに答え方がなかったのだろうかと、自己嫌悪に陥った。兄貴の嫁さんだぞ。しかし、このことはこれだけで、いつものように勉強を始めた。終わるころ、また同じような問題を、今度は昨日の四倍渡された。夕食後部屋に戻り、同じような要領で解いた。アルファベットに置き換えたら、胸がドキドキした。日本語になったのだ。二つのことでうれしくなった。昨日の言葉が正しかったことと、昨日の言葉の意味が強化されたことだ。ASUASAKUJIKAIKANと読めた。豊雄にはわかった。うれしかった。うれしくなってはいけないと思ったが、無理だった。