憑依
12
「結婚式の写真から切り抜いたの。ロケットは高校生のときに買ったんだ。安物。映画俳優の写真を入れてたの。お兄さん、ロケットのことは知らないから、大丈夫よ。でも、見つからないように、しっかりしまっておくのよ」
菜摘は、ほほえんだ。豊雄は大きく頷いた。
「ねえ、写真は、いつ入れたの?」
兄と結婚する前から菜摘は自分を思っていたのではないのか? そう思ったら、悔やまれた。なぜ、どんなことをしてでも、出会ったときに菜摘を自分のものにしようとしなかったのか?
「内緒」
菜摘の唇が、豊雄がしゃべるのをふさいだ。
豊雄は、家に戻って、菜摘から出題された数学の問題の答え、つまり、「1921119」と書いたノートを、そこだけ丸く切って、ロケットの中に入れた。この数字の集合が、彼にはどんな美しい詩よりも、心に響くのだ。それで捨てられなかった。見られてもおそらくなんのことかわからないだろうが、なんとなく気が引けて、ロケットの中にしまい、机の引き出しの奥の方に置いた。
菜摘の言ったとおり、誰にも気づかれなかった。豊雄も危ない橋を渡ろうとはしなかった。会いたいと思っても、なるべくこらえた。タイミングを見計らって、菜摘に伝えた。二人は用心深く会館で落ちあった。
豊雄は、ますます勉強に身が入らなくなった。そして当然の結果、浪人した。彼は悩んだ。俺はいったいどうなってしまうんだろう。このままでは、本当にやる気が起きないかもしれない。働くのかどうするのか、両親から頻繁に追及されて、すべてを先送りにしていた冬の終りだった。誘われて、また会館へ行った。
豊雄が会館へ出かける少し前、朝寝坊の彼のために、味噌汁を温め直してから菜摘は外へ出た。用心深く海伝いに歩いているとき、視線を感じた。振り向くと誰もいない。少し気になったが、もう会館が見えてきた。誰にも見られずに中に入れた。すぐに引き戸を開ける音がした。開け方がいつもより乱暴だった。それに、まだ豊雄は食事をしているはずだ。嫌な予感がした。顔をのぞかせると、見知らぬ男が玄関に立っていた。
「どちらさまですか?」
菜摘が驚きを隠して笑顔で言うと、男は熱を帯びた訥弁で迫ってきた。
菜摘は、ほほえんだ。豊雄は大きく頷いた。
「ねえ、写真は、いつ入れたの?」
兄と結婚する前から菜摘は自分を思っていたのではないのか? そう思ったら、悔やまれた。なぜ、どんなことをしてでも、出会ったときに菜摘を自分のものにしようとしなかったのか?
「内緒」
菜摘の唇が、豊雄がしゃべるのをふさいだ。
豊雄は、家に戻って、菜摘から出題された数学の問題の答え、つまり、「1921119」と書いたノートを、そこだけ丸く切って、ロケットの中に入れた。この数字の集合が、彼にはどんな美しい詩よりも、心に響くのだ。それで捨てられなかった。見られてもおそらくなんのことかわからないだろうが、なんとなく気が引けて、ロケットの中にしまい、机の引き出しの奥の方に置いた。
菜摘の言ったとおり、誰にも気づかれなかった。豊雄も危ない橋を渡ろうとはしなかった。会いたいと思っても、なるべくこらえた。タイミングを見計らって、菜摘に伝えた。二人は用心深く会館で落ちあった。
豊雄は、ますます勉強に身が入らなくなった。そして当然の結果、浪人した。彼は悩んだ。俺はいったいどうなってしまうんだろう。このままでは、本当にやる気が起きないかもしれない。働くのかどうするのか、両親から頻繁に追及されて、すべてを先送りにしていた冬の終りだった。誘われて、また会館へ行った。
豊雄が会館へ出かける少し前、朝寝坊の彼のために、味噌汁を温め直してから菜摘は外へ出た。用心深く海伝いに歩いているとき、視線を感じた。振り向くと誰もいない。少し気になったが、もう会館が見えてきた。誰にも見られずに中に入れた。すぐに引き戸を開ける音がした。開け方がいつもより乱暴だった。それに、まだ豊雄は食事をしているはずだ。嫌な予感がした。顔をのぞかせると、見知らぬ男が玄関に立っていた。
「どちらさまですか?」
菜摘が驚きを隠して笑顔で言うと、男は熱を帯びた訥弁で迫ってきた。