憑依

13
「俺は知ってるよ。この間、あとをついてきたんだ。こっそり入って来たのに気づかないで、武一郎さんの弟と乳繰り合っていたな。俺は武一郎さんにもおとっつぁんにも世話になってるからな、あんたの根性を直してやろうと思ってな。でも、あんたの顔見たらかわいそうになってきたよ。といって、武一郎さんに黙ってるわけいかないもんな。俺はどうすればいいかな?」
男は、にたにたしながら、菜摘の手をつかんだ。菜摘の知らない顔だった。家内で事務処理や家事をしている若奥方が浜の漁師すべての顔を知らないのもそれほど不思議ではなかった。
「離して下さい」
菜摘が威厳さえ感じられる、落ち着いた態度で手を払ったので、男はひるんだ。
「何かの間違いですよ。もし疑うなら大宅に話してみて下さい。あなたが恥をかくだけですよ」
その時、男には菜摘がにやりと笑いを浮かべたように見えた。猫のような顔つきがいけなかったのだろうか。弱みを握られたら、簡単に手中に入るとみくびっていただけに、女の、違和感を覚えるくらいの冷静さにかっときた。どうしても征服せずにいられない気分になり、いきなり押し倒した。ところが、見た目より華奢ではなく、ばねのように強靭にすり抜けていくので、思いきり突き飛ばした。さすがに女は尻もちをついて、両足を開いた。スカートから下着が見える。顔と頭がかんかんに熱くなり、力任せにスカートをずり下ろす。菜摘の方は、蹴ったり、なぐったりして、男から離れ、奥に逃げこむ。サッシを開けて外に出ようとするが、男ががんばって出さないので、また奥に行く。なかなか手ごわいと思った男は、念のために用意してきたナイフを取り出した。使うつもりなどない。これを見ればさすがにおとなしくなるだろうと見込んでいたのだ。菜摘は流しに逃げこみ、すばやく包丁を握り、後ろ手に持った。男がすぐ追いかけてきた。もう逃げられないぞと言って、男はナイフを菜摘の顔に近づけた。菜摘は観念したようにうなだれ、ぐったりと流しにもたれかかった。すっかり力をなくした菜摘を引っ張って畳みの上に倒そうとした時、ものすごい速さで菜摘は男の背後に回り、背中に包丁を突き立てた。男はその場にどうと倒れた。
菜摘が身づくろいして、玄関で靴を履こうとかがんだ時、下駄箱の上で、フギャアと、ものすごい声でシュガーがわめいた。菜摘の後ろを見つめて威嚇している。はっと菜摘が振り返ったとき、瀕死の重傷でよろよろ歩いてきた男が、菜摘の胸に、渾身の力を込めてナイフを突き立てた。菜摘は目を見開いたまま、仰向けに倒れ、まもなく息を引きとった。男は玄関から出て行った。
男は、にたにたしながら、菜摘の手をつかんだ。菜摘の知らない顔だった。家内で事務処理や家事をしている若奥方が浜の漁師すべての顔を知らないのもそれほど不思議ではなかった。
「離して下さい」
菜摘が威厳さえ感じられる、落ち着いた態度で手を払ったので、男はひるんだ。
「何かの間違いですよ。もし疑うなら大宅に話してみて下さい。あなたが恥をかくだけですよ」
その時、男には菜摘がにやりと笑いを浮かべたように見えた。猫のような顔つきがいけなかったのだろうか。弱みを握られたら、簡単に手中に入るとみくびっていただけに、女の、違和感を覚えるくらいの冷静さにかっときた。どうしても征服せずにいられない気分になり、いきなり押し倒した。ところが、見た目より華奢ではなく、ばねのように強靭にすり抜けていくので、思いきり突き飛ばした。さすがに女は尻もちをついて、両足を開いた。スカートから下着が見える。顔と頭がかんかんに熱くなり、力任せにスカートをずり下ろす。菜摘の方は、蹴ったり、なぐったりして、男から離れ、奥に逃げこむ。サッシを開けて外に出ようとするが、男ががんばって出さないので、また奥に行く。なかなか手ごわいと思った男は、念のために用意してきたナイフを取り出した。使うつもりなどない。これを見ればさすがにおとなしくなるだろうと見込んでいたのだ。菜摘は流しに逃げこみ、すばやく包丁を握り、後ろ手に持った。男がすぐ追いかけてきた。もう逃げられないぞと言って、男はナイフを菜摘の顔に近づけた。菜摘は観念したようにうなだれ、ぐったりと流しにもたれかかった。すっかり力をなくした菜摘を引っ張って畳みの上に倒そうとした時、ものすごい速さで菜摘は男の背後に回り、背中に包丁を突き立てた。男はその場にどうと倒れた。
菜摘が身づくろいして、玄関で靴を履こうとかがんだ時、下駄箱の上で、フギャアと、ものすごい声でシュガーがわめいた。菜摘の後ろを見つめて威嚇している。はっと菜摘が振り返ったとき、瀕死の重傷でよろよろ歩いてきた男が、菜摘の胸に、渾身の力を込めてナイフを突き立てた。菜摘は目を見開いたまま、仰向けに倒れ、まもなく息を引きとった。男は玄関から出て行った。