憑依

花
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 「夫婦(めおと)の契りを結ぶ儀式です」
 豊雄は、もっと違うことを想像して部屋に入ったので、面くらってしまった。何か言いたげな顔をしてソファに腰を下ろす。真名美は何も言わずに箱を開け、ベルトのようなものを取りだした。見るからに高そうである。バックルは金や銀でできている。それに宝石がちりばめられている。真名美は厳かに言った。
 「これは石帯(せきたい)というものです。私の実家は、二条家という京都の公家です。これは寛永年間に我が祖先二条為基が都の厄災を鎮撫した功績によって、時の主上に下賜されたもので、我が一族代々の家宝になっております。受け取った殿方に、一族の女がかしずくことがいにしえより定められています。どうぞお納めください。あなたの身を一年間守ってくれます。所帯を持って一年経つと、暮らしぶりも落ち着きましょう。そうしたら、また二条家に戻す決まりになっております。この石帯は、婚儀後一年の間か、婿殿がその間に没するか、とにかくその間はお預けすることに決められております」
 豊雄は何と返事をしたものか考えがまとまらなかった。
 「別の部屋にはもうお休みになる用意がしてあります。遅くなると詩絵たちが気の毒です。早く暇にしてあげましょう」
 石帯を受け取れば、寝室に入れるという意味に受け取れた。豊雄の胸が高鳴った。目の前の真名美はなんと言いようもないほどなまめかしい。衣服に包まれている体の線が気になる。もう結婚すると言ったのである。はっきりそうは言わなかったような気もするが、相手にそう受け取られてもいい言葉を口に出したのだ。そうとなれば、今夜は二人にとって祝すべき門出だ。嘉日に勧められたものを受け取らないのは、よくないことである。豊雄は以上のように筋道を立てた。自分の気持ちが制御できないとき、人は自分を納得させるために、つじつま合わせをするものである。彼にとって、古ぼけた装身具など問題ではなかった。問題は、芙蓉のかんばせの麗人と、このあとどうなるべきかであった。
 「わかった。謹んでお受けいたしましょう」
 真名美の調子に合わせて、恭しく述べて、意外と重みのあるその石帯を箱ごと納受すると、真名美はうれしそうに顔をほころばせ、席を立ち、また部屋から出ていった。出るとき一瞬振り向いた。目を細めて頬を赤らめていた。廊下に出ると、詩絵が、さっきよりもなお奥の部屋の前に、恭しく佇んでいた。詩絵が先に入る。バスローブとタオルを手渡される。
 「ではごゆっくり」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日