憑依

23
「ねぇ、実家から戻るのはいつになるの?」
寮から少し離れたところにある資材置き場の前で、車の外に立っている豊雄に、淋しそうに真名美が訊いた。
「俺は行きたくないよ。面倒なこと抜きで、一緒になれないのかな? でも、後々のことを考えると、手順は必要だからな。遅くとも三日以内に戻ってくるよ。真名美、好きだよ」
窓辺の真名美と長い間、キスをした。通りの角を曲がり切るまで、豊雄は見送った。最後に見た横顔は菜摘そのものに見えた。豊雄は目をこすって、もう一度ロールスロイスを見つめようとしたが、既に影も消えていた。真名美が行ってしまうと、すべてが幻だったような気がする。出会ってから一日も経っていない。信じられないようなことばかり起きた。でも、幻ではなかった。かばんに入っている二条家の家宝の重みが肩に食い込んでいたし、若松から渡された名刺には「東京都文京区天神四丁目八の六」とはっきり記されていた。
寮で三日分の荷物をこしらえて、姉に電話をかけた。「聞いてもらいたいことがあるんだ。急用なので、すぐに行ってもいいか」とだけ伝えて、電車に飛び乗った。夜遅くに神戸に着いた。食事と風呂の用意がしてあった。驚いていたが、姉も義兄も来訪を喜んでくれた。食事をしながら、酌をする姉にいろいろ聞かれたが、疲れが一気に出て、眠くなってしまった。話しだせば長くなるのは明らかなので、詳しくは明日落ち着いて話すと言って、風呂に入った。床に着くとすぐ熟睡した。真夜中に実家から兄が到着した。かなり重大な話に違いないと見抜いた姉夫婦が相談の上、豊雄が風呂に入っている間に、和歌山の実家に電話をかけたのだ。兄は忙しいので早く話をさせようと、朝早く豊雄の寝間に入っていった。相変わらず朝の遅い弟は、少しも目を覚まそうとしなかった。枕もとに、見るからに貴重そうな黒檀の箱がある。そっと開けてみると、貴金属で作られたベルトのようなものが入っている。こんなに値の張りそうなものを、浪人生の身で買えるはずはない。さては、重大な話とはこのことだなと早合点して、弟を引きずり起こした。
「お前、こんな高級品をどうやって手に入れたのだ」
豊雄はまだよく働かない頭で、とにかくまずいことになったと思った。この一本気の兄に対しては、どこから話しても、兄の頭に巻かれている糸玉をほぐすような糸口を見つけることはできまいと思った。
「兄さん、これは僕がもらったものなんだよ」
案の定、武一郎は言下に一蹴した。
寮から少し離れたところにある資材置き場の前で、車の外に立っている豊雄に、淋しそうに真名美が訊いた。
「俺は行きたくないよ。面倒なこと抜きで、一緒になれないのかな? でも、後々のことを考えると、手順は必要だからな。遅くとも三日以内に戻ってくるよ。真名美、好きだよ」
窓辺の真名美と長い間、キスをした。通りの角を曲がり切るまで、豊雄は見送った。最後に見た横顔は菜摘そのものに見えた。豊雄は目をこすって、もう一度ロールスロイスを見つめようとしたが、既に影も消えていた。真名美が行ってしまうと、すべてが幻だったような気がする。出会ってから一日も経っていない。信じられないようなことばかり起きた。でも、幻ではなかった。かばんに入っている二条家の家宝の重みが肩に食い込んでいたし、若松から渡された名刺には「東京都文京区天神四丁目八の六」とはっきり記されていた。
寮で三日分の荷物をこしらえて、姉に電話をかけた。「聞いてもらいたいことがあるんだ。急用なので、すぐに行ってもいいか」とだけ伝えて、電車に飛び乗った。夜遅くに神戸に着いた。食事と風呂の用意がしてあった。驚いていたが、姉も義兄も来訪を喜んでくれた。食事をしながら、酌をする姉にいろいろ聞かれたが、疲れが一気に出て、眠くなってしまった。話しだせば長くなるのは明らかなので、詳しくは明日落ち着いて話すと言って、風呂に入った。床に着くとすぐ熟睡した。真夜中に実家から兄が到着した。かなり重大な話に違いないと見抜いた姉夫婦が相談の上、豊雄が風呂に入っている間に、和歌山の実家に電話をかけたのだ。兄は忙しいので早く話をさせようと、朝早く豊雄の寝間に入っていった。相変わらず朝の遅い弟は、少しも目を覚まそうとしなかった。枕もとに、見るからに貴重そうな黒檀の箱がある。そっと開けてみると、貴金属で作られたベルトのようなものが入っている。こんなに値の張りそうなものを、浪人生の身で買えるはずはない。さては、重大な話とはこのことだなと早合点して、弟を引きずり起こした。
「お前、こんな高級品をどうやって手に入れたのだ」
豊雄はまだよく働かない頭で、とにかくまずいことになったと思った。この一本気の兄に対しては、どこから話しても、兄の頭に巻かれている糸玉をほぐすような糸口を見つけることはできまいと思った。
「兄さん、これは僕がもらったものなんだよ」
案の定、武一郎は言下に一蹴した。