憑依

26
真名美との親密な時間についてはもちろん話すことはできないが、生れつき素直な性格の豊雄は、事実関係を正直に、正確に伝えた。本部長の渋い顔は直らなかった。父は誤解を与えぬよう、有力者間の縁故を利用した理由を説明した。
「無理なことを君にお願いするつもりはないんだよ。こいつの取り調べは、容赦なくやってくれ。ただ、あまり騒がれたくないんだ。未成年だし、展示品は返却できるわけだから、マスコミに名前が出ないように取り計らってほしいんだ」
「極力そうするよ。村長も、来年の県議選にかけてるからな。だけど、消え失せた展示品はこの石帯だけじゃない。所轄や本庁の連中にも締め上げられることになるぜ」
「取り調べ」、「締め上げられる」と聞いて、豊雄の胸は締め付けられるような気がした。父や兄に本当に申し訳ないと思ったのだ。豊雄は、甲斐性はないかもしれないが、人の迷惑にならないように生きていきたいと思ってきた。父は網元として人望もあり、村人からも慕われている。兄もそうだ。家名に傷がつくからというよりも、正直に生きている父兄が自分のために辱めを受けるということに耐えられなかった。豊雄は腹に力を入れた。
「お願いがあります。一日だけ、取り調べをするのを待って下さい。留置所に入る前に、どうしても、父と兄に話さなければならないことがあるのです。僕は今まで役立たずに生きてきました。そのうえ、このような不始末で家族に迷惑をかけるのが、自分でも情けありません。父や兄が僕のために不利益を被ることが少しでも減るように、僕なりに、わずかばかりの誠意を示してから、明日きちんと取り調べを受けたいと思います。」
いつになく意志的な豊雄の様子に、父の心も動かされた。本部長は割とあっさり申し出を認めた。
「別に今日は出頭したというわけではない。市長と世間話をしただけだ。逮捕状が出ているわけでもない。明日の日付で自首してきたという記録が残るだけさ。おかしな気になってしまったら、その時はいくらでもこちらのやり方があるし、そうなると、村長の名声に結構傷がつくよ」
「ありがとうございます」
豊雄は涙を流して、さっと立ちあがり、深々とお辞儀をした。帰りの車の中で見た、フロントガラス越しの夕焼けが、鳥肌の立つほど美しかった。空一面綿のように真っ白く分厚い雲が敷き詰められているのに、なぜだか西の空の山々の付近だけは、すっきり晴れ渡っていた。早い秋を予感させる、澄んだ青い空の色は、ほとんど青みが消えかかっているのに、それでも少しだけ青く光っていた。しかし、その青もオレンジ色に呑みこまれようとしている。綿雲はどんどん燃え広がっていた。何億円もかけた壮大な光のパフォーマンスもこれにはかなわない。こんなきれいな夕焼けを死ぬまでに何度見られるだろうか。
「無理なことを君にお願いするつもりはないんだよ。こいつの取り調べは、容赦なくやってくれ。ただ、あまり騒がれたくないんだ。未成年だし、展示品は返却できるわけだから、マスコミに名前が出ないように取り計らってほしいんだ」
「極力そうするよ。村長も、来年の県議選にかけてるからな。だけど、消え失せた展示品はこの石帯だけじゃない。所轄や本庁の連中にも締め上げられることになるぜ」
「取り調べ」、「締め上げられる」と聞いて、豊雄の胸は締め付けられるような気がした。父や兄に本当に申し訳ないと思ったのだ。豊雄は、甲斐性はないかもしれないが、人の迷惑にならないように生きていきたいと思ってきた。父は網元として人望もあり、村人からも慕われている。兄もそうだ。家名に傷がつくからというよりも、正直に生きている父兄が自分のために辱めを受けるということに耐えられなかった。豊雄は腹に力を入れた。
「お願いがあります。一日だけ、取り調べをするのを待って下さい。留置所に入る前に、どうしても、父と兄に話さなければならないことがあるのです。僕は今まで役立たずに生きてきました。そのうえ、このような不始末で家族に迷惑をかけるのが、自分でも情けありません。父や兄が僕のために不利益を被ることが少しでも減るように、僕なりに、わずかばかりの誠意を示してから、明日きちんと取り調べを受けたいと思います。」
いつになく意志的な豊雄の様子に、父の心も動かされた。本部長は割とあっさり申し出を認めた。
「別に今日は出頭したというわけではない。市長と世間話をしただけだ。逮捕状が出ているわけでもない。明日の日付で自首してきたという記録が残るだけさ。おかしな気になってしまったら、その時はいくらでもこちらのやり方があるし、そうなると、村長の名声に結構傷がつくよ」
「ありがとうございます」
豊雄は涙を流して、さっと立ちあがり、深々とお辞儀をした。帰りの車の中で見た、フロントガラス越しの夕焼けが、鳥肌の立つほど美しかった。空一面綿のように真っ白く分厚い雲が敷き詰められているのに、なぜだか西の空の山々の付近だけは、すっきり晴れ渡っていた。早い秋を予感させる、澄んだ青い空の色は、ほとんど青みが消えかかっているのに、それでも少しだけ青く光っていた。しかし、その青もオレンジ色に呑みこまれようとしている。綿雲はどんどん燃え広がっていた。何億円もかけた壮大な光のパフォーマンスもこれにはかなわない。こんなきれいな夕焼けを死ぬまでに何度見られるだろうか。