憑依
27
「俺は、父さんと兄さんに、死んでもお詫びできないほど悪いことをしてしまった」
豊雄は広間に正座して、家族たちの前で頭を下げた。
「兄さん、俺を殴ってくれ。思えば、義姉さんにふらっとしたのが、始まりだったんだ。だらしなく、弱い心が、兄さんにひどいことをしてしまった。」
武一郎は腕を組んで胡坐をかいたまま、唇を開かなかった。
「父さん、大事な時期なのに、本当に申し訳ありませんでした。父さんの選挙に影響が出ないように、俺ができることは何か考えたんです。俺を除籍してください。そうすれば、少しは父さんに世間の目が向かなくなるはずです。たとえ世間の目が向いたとしても、家族に迷惑をかけるのを避けたいと決断して、息子が自ら除籍したのだということになれば、世間の見方もだいぶ違うと思うのです。」
父も苦り切って黙っていた。事情を知って京都から駆けつけた、老舗の呉服屋に婿入りした叔父の平井光雄がその話に賛成した。
「それがいいよ、兄さん。それで、この事件のほとぼりが冷めた頃、俺の家の養子に豊雄をもらえないか? うちは子供がいないしさ。俺の考えじゃ、豊雄は悪い女に騙されただけだ。すぐ無罪が証明されるさ。もし女が捕まらなけりゃ、豊雄は起訴されるだろうが、なあに、大丈夫だよ、そのうちに真実は明らかになるさ。豊雄は頭のいい子だから、将来学者にでもなるだろう。そんな子を養子にもらえたら、ありがたい話さ。なに、別に呉服屋継げってんじゃないよ。あの店は、一緒にやってる女房の妹夫婦が継ぐことになってるんだ。だから、気楽にうちに入ってもらえばいいよ」
叔母の佐緒里も夫の話に相槌を打って、武雄を見守った。
武雄は思案した。息子は盗まれた重要文化財を現に持っている。肝心な、二条真名美とかいう女はここにいないのだから、事態は豊雄にとって深刻である。
「真名美という女の住所と電話番号はわかるんだろう? 電話して呼び出した方がいいんじゃないか?」
武一郎が言うと、皆賛成した。しかし、武雄は首を振った。
「だめだ。警戒して逃げるだろう。こういうことは警察に任せた方が確かだよ。それに、豊雄がもらってきた名刺は本部長に渡してきた。もう捜査を始めているかもしれないぞ」
「ジャーン! ジャーン! ジャーン!」
けたたましい電話のベルが鳴り出した。母が立ち上がって廊下に消えた。丁寧な話し方が広間に聞こえてきた。襖が鳴って、母の顔がのぞいた。
「あなた、本部長さん」
「馬鹿にタイミングがいいな」と言って、ゆっくり武雄は立ち上がった。電話を終えると広間に戻り胡坐をかいた。
豊雄は広間に正座して、家族たちの前で頭を下げた。
「兄さん、俺を殴ってくれ。思えば、義姉さんにふらっとしたのが、始まりだったんだ。だらしなく、弱い心が、兄さんにひどいことをしてしまった。」
武一郎は腕を組んで胡坐をかいたまま、唇を開かなかった。
「父さん、大事な時期なのに、本当に申し訳ありませんでした。父さんの選挙に影響が出ないように、俺ができることは何か考えたんです。俺を除籍してください。そうすれば、少しは父さんに世間の目が向かなくなるはずです。たとえ世間の目が向いたとしても、家族に迷惑をかけるのを避けたいと決断して、息子が自ら除籍したのだということになれば、世間の見方もだいぶ違うと思うのです。」
父も苦り切って黙っていた。事情を知って京都から駆けつけた、老舗の呉服屋に婿入りした叔父の平井光雄がその話に賛成した。
「それがいいよ、兄さん。それで、この事件のほとぼりが冷めた頃、俺の家の養子に豊雄をもらえないか? うちは子供がいないしさ。俺の考えじゃ、豊雄は悪い女に騙されただけだ。すぐ無罪が証明されるさ。もし女が捕まらなけりゃ、豊雄は起訴されるだろうが、なあに、大丈夫だよ、そのうちに真実は明らかになるさ。豊雄は頭のいい子だから、将来学者にでもなるだろう。そんな子を養子にもらえたら、ありがたい話さ。なに、別に呉服屋継げってんじゃないよ。あの店は、一緒にやってる女房の妹夫婦が継ぐことになってるんだ。だから、気楽にうちに入ってもらえばいいよ」
叔母の佐緒里も夫の話に相槌を打って、武雄を見守った。
武雄は思案した。息子は盗まれた重要文化財を現に持っている。肝心な、二条真名美とかいう女はここにいないのだから、事態は豊雄にとって深刻である。
「真名美という女の住所と電話番号はわかるんだろう? 電話して呼び出した方がいいんじゃないか?」
武一郎が言うと、皆賛成した。しかし、武雄は首を振った。
「だめだ。警戒して逃げるだろう。こういうことは警察に任せた方が確かだよ。それに、豊雄がもらってきた名刺は本部長に渡してきた。もう捜査を始めているかもしれないぞ」
「ジャーン! ジャーン! ジャーン!」
けたたましい電話のベルが鳴り出した。母が立ち上がって廊下に消えた。丁寧な話し方が広間に聞こえてきた。襖が鳴って、母の顔がのぞいた。
「あなた、本部長さん」
「馬鹿にタイミングがいいな」と言って、ゆっくり武雄は立ち上がった。電話を終えると広間に戻り胡坐をかいた。