憑依

花
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28

 「本部長が自分で少し調べてみたらしい」
 皆の真剣なまなざしが武雄に向いた。
 「電話はでたらめ。住所は実在していた。そこは、この女が嫁いだとかいう佐々木の屋敷だそうだ。佐々木家は旧華族だということもわかったらしい。真名美のことはまだよくわからないが、去年入籍したのは間違いないみたいだ。しかしな……」
 武雄は少し言葉を切って、何とも言えない妙な顔で豊雄を見た。
 「今年の春先に火事で全焼して、夫とともに、見分けもつかないくらい黒こげになって出てきたらしいぞ。豊雄、これはますますまずいな。とにかく、明日実況見分に来てほしいということだ。午前中に役場で手続きをしたら、私服刑事が待機しているから、一緒に東京に行け」
 それから、叔父の方を見て、将来の養子の件を丁重に依頼した。叔父夫婦は歓迎した。豊雄に、「心配することはない。俺たちは、豊雄が小さいときから味方なんだ」と代わる代わる励ました。叔父叔母の心根に感激し、豊雄は号泣した。
 自分の部屋に戻り、何気なく数学の参考書を開いた。菜摘と勉強したり、シュガーの世話を焼いたりしたことが思い出された。菜摘の面影が真名美に重なった。あの清純そうな真名美が、こんな大それたことを本当にしたのだろうか? それに、真名美は確かにこの手であの屋敷で抱きしめたんだ。半年も前に何もかも焼け失せていたはずがないんだ。どういうことなんだ。本部長が間違えて調べたんじゃないのか? なんだかさっぱりわからない。豊雄は頭を抱えて机にうつ伏した。外から自分の名を三度呼ばれて我に返った。そのときには兄が部屋に入ってきていた。
 「豊雄、少し話をしたいんだ」
 顔を上げると、いつもより元気のない兄の横顔があった。
 「豊雄、俺がこれからする話を馬鹿らしいと思ってくれて構わない。実はな、ああいうことがあったせいもあるけど、俺な、気味が悪くなって、シュガーを捨てたんだ。お前がかわいがっていたのに、悪かったよ。あの猫を飼い始めてから何か妙だったんだよ。菜摘が気にいって、部屋でよく遊んでいたよ。ふいに俺が入ると、はっとした顔をすることがあった。何か世間話しているみたいだった。だから、俺は客でも来ているのかと思った。でも、そうじゃないんだ。シュガーと向かい合っていたんだ。そうだな、主人と召使みたいな雰囲気だったな。そのときは気のせいだと思っていたけど、どうも豊雄のことを話しているみたいだったよ。豊雄がシュガーの面倒をよく見てくれるからよかったとかなんとか、そんなことだったんじゃないかな。それからほどなくしてだよ。菜摘が豊雄の部屋に入り浸るようになったのは。あのあたりから、菜摘は俺に手で触られるのもいやがったよ。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日