憑依

33
武一郎が弟の様子が変なのに気づいて、背中に手を回した。
「豊雄。もしかして、あの人が真名美さんなのか?」
豊雄はうつけたようになって、首を何度も縦に振った。それに気づいた警部補は、早速真名美を取り押さえようとした。
「全員、あの女を捕まえろ。佐々木真名美の名を騙って、重要文化財をこの家の焼け跡から持ちだそうとしているに違いない。なくなった笄を持っている可能性もあるぞ」
刑事と警察官が大勢近づくや否や、詩絵の後ろあたりから何かが飛んできた。大量の発煙筒だった。辺りはものすごい煙で何も見えなくなった。何かが、鬱蒼とした茂みになり果てているかつての中庭に走った気がした。視界の不明瞭さがそれほどでもなくなったときには、彼らの姿はそこになかった。警官が念入りに探したが無駄だった。
警察はその後この女を佐々木真名美の名を騙った、窃盗グループか過激派の一味として捜査した。過激派の可能性を考えたのは、発煙筒を使用したからで、他にも爆発物などを所持しているかもしれないと推測したようである。しかし、所蔵品は大方戻ってきたし、弱みもあるので、博物館側はあまりおおげさに騒ぎ立てることを嫌がった。実際戻らなかったのは笄一つだけだった。それだって、女が持ち出したのではなく、火事で焼けてしまったのかもしれない。この事件もまもなく落ち着き、豊雄も本格的に勉強が忙しくなり、忘れていった。豊雄は思うところがあったのか、勤勉さが出てきて、数学以外もかなりできるようになった。春には京都の国立大学に合格し、周りを驚かせた。潔白を証明できたので、戸籍を元に戻すよう、武雄や武一郎には言われたが、そうしなかった。叔父がさみしそうに、「よかったな」と声をかけたせいもあったが、素性を確認せずに結婚する気になって父兄に迷惑をかけたことの侘びは済んでないと思ったからだ。兄には二度も迷惑をかけて、まともに顔を向けられないのだ。「気にするな」と言ってくれるが、大学を出るまで身を慎み、責任ある行動がとれるようになったと誰からも認められたら、そうしたいと明言した。「養子になるかならないかは別として、俺の家で四年間勉強してみたらどうだ」と叔父が水を向けてくれた。豊雄はありがたくそうさせてもらった。場合によっては卒業後に養子になることを、そのとき請われたら同意してもいい気分だった。
大学でもまじめにやっていた。叔父が全部出すと言ったが、やはりそういうわけにはいかないと、父が学費と生活費を送っていた。不器用な自分はそれに専心しないと身に備わらないと思い、バイトは一切せず、学業に打ち込んだ。それでも申し訳ないという思いは残り、日曜ごとに店の仕事を手伝った。菜摘や真名美を夢中にさせた綺麗な顔立ちは、和服に包まれると、かえって現代的に見えた。呉服屋には用もないのに母に付き添う若い娘が増えた。仕事は意外ときつかったが、着飾った若い娘と談笑もでき、気晴らしになった。
二回生に進級したころ、叔父夫婦や他の店員といつものように店に出ていると、誰が見ても胸が騒ぐ美人が、友達か妹といった、清潔な感じの娘と、連れだって暖簾をくぐった。
「豊雄。もしかして、あの人が真名美さんなのか?」
豊雄はうつけたようになって、首を何度も縦に振った。それに気づいた警部補は、早速真名美を取り押さえようとした。
「全員、あの女を捕まえろ。佐々木真名美の名を騙って、重要文化財をこの家の焼け跡から持ちだそうとしているに違いない。なくなった笄を持っている可能性もあるぞ」
刑事と警察官が大勢近づくや否や、詩絵の後ろあたりから何かが飛んできた。大量の発煙筒だった。辺りはものすごい煙で何も見えなくなった。何かが、鬱蒼とした茂みになり果てているかつての中庭に走った気がした。視界の不明瞭さがそれほどでもなくなったときには、彼らの姿はそこになかった。警官が念入りに探したが無駄だった。
警察はその後この女を佐々木真名美の名を騙った、窃盗グループか過激派の一味として捜査した。過激派の可能性を考えたのは、発煙筒を使用したからで、他にも爆発物などを所持しているかもしれないと推測したようである。しかし、所蔵品は大方戻ってきたし、弱みもあるので、博物館側はあまりおおげさに騒ぎ立てることを嫌がった。実際戻らなかったのは笄一つだけだった。それだって、女が持ち出したのではなく、火事で焼けてしまったのかもしれない。この事件もまもなく落ち着き、豊雄も本格的に勉強が忙しくなり、忘れていった。豊雄は思うところがあったのか、勤勉さが出てきて、数学以外もかなりできるようになった。春には京都の国立大学に合格し、周りを驚かせた。潔白を証明できたので、戸籍を元に戻すよう、武雄や武一郎には言われたが、そうしなかった。叔父がさみしそうに、「よかったな」と声をかけたせいもあったが、素性を確認せずに結婚する気になって父兄に迷惑をかけたことの侘びは済んでないと思ったからだ。兄には二度も迷惑をかけて、まともに顔を向けられないのだ。「気にするな」と言ってくれるが、大学を出るまで身を慎み、責任ある行動がとれるようになったと誰からも認められたら、そうしたいと明言した。「養子になるかならないかは別として、俺の家で四年間勉強してみたらどうだ」と叔父が水を向けてくれた。豊雄はありがたくそうさせてもらった。場合によっては卒業後に養子になることを、そのとき請われたら同意してもいい気分だった。
大学でもまじめにやっていた。叔父が全部出すと言ったが、やはりそういうわけにはいかないと、父が学費と生活費を送っていた。不器用な自分はそれに専心しないと身に備わらないと思い、バイトは一切せず、学業に打ち込んだ。それでも申し訳ないという思いは残り、日曜ごとに店の仕事を手伝った。菜摘や真名美を夢中にさせた綺麗な顔立ちは、和服に包まれると、かえって現代的に見えた。呉服屋には用もないのに母に付き添う若い娘が増えた。仕事は意外ときつかったが、着飾った若い娘と談笑もでき、気晴らしになった。
二回生に進級したころ、叔父夫婦や他の店員といつものように店に出ていると、誰が見ても胸が騒ぐ美人が、友達か妹といった、清潔な感じの娘と、連れだって暖簾をくぐった。