憑依
34
「おいでやす」
店の者は口をそろえてにぎやかにあいさつした。ため息を漏らした者もいる。豊雄は二人を一目見て、ひどく表情を変えた。真名美と詩絵だった。慌てて居室に上がろうとしたが、もう真名美に腕を抱きしめられていた。
「豊雄さん、会いたかったわ」
何とも言えない、いい香りがして、柔らかい感触と温もりは心地よかったはずだが、憎悪と拒絶感が先に立ち、いやな虫か、見ただけで気味が悪くて吐き気がするような汚物がくっついたときのように、鳥肌が立った。
「さわらないでくれ! 出ていってくれ!」
引き絞るような声を聞くと、真名美は豊雄から手を離し、顔を覆って泣きはじめた。
「ごめんなさい。本当に私がいけなかったわ」
その声は、したたかでふてぶてしい悪女のものとは思えなかった。しかし、豊雄はその声ですら耳について仕方なかった。叔父と叔母が近寄って心配そうに豊雄を見ている。
「真名美だよ」
それだけで言いたいことは通じた。叔父は驚いた。これほど美しく、優雅な女性とまでは想像できなかったからだ。その声は思いやりに満ちていたし、悪いことのできる人間にはとても見えなかった。叔母もこんな育ちのよさそうなお嬢さんを、事情も聞いてやらずに追い返すのは、気の毒に思えた。
「まあ、まあ、とにかくここでは落ち着かないでしょうから、おあがりなさいな。今、お茶を淹れますからね」
柔和な性格の叔母が、真名美と豊雄の肩をやさしく抱いて、奥へ促した。
「叔母さん!」
「こらこら、こんなにかわいらしい娘さんを泣かせちゃいけないわよ。もしかしたら、どうにもならない事情があったかもしれないでしょう? 話を聞くだけ聞いてからでも遅くないわよ」
まだ何か言いたげな豊雄を制止して、ゆったりしたリビングルームに誘導した。店の方から、叔母の妹夫婦が興味津津に顔をのぞかせている。
「店番を頼む」と妹夫婦に声をかけて、叔父も部屋に入ってきた。
店の者は口をそろえてにぎやかにあいさつした。ため息を漏らした者もいる。豊雄は二人を一目見て、ひどく表情を変えた。真名美と詩絵だった。慌てて居室に上がろうとしたが、もう真名美に腕を抱きしめられていた。
「豊雄さん、会いたかったわ」
何とも言えない、いい香りがして、柔らかい感触と温もりは心地よかったはずだが、憎悪と拒絶感が先に立ち、いやな虫か、見ただけで気味が悪くて吐き気がするような汚物がくっついたときのように、鳥肌が立った。
「さわらないでくれ! 出ていってくれ!」
引き絞るような声を聞くと、真名美は豊雄から手を離し、顔を覆って泣きはじめた。
「ごめんなさい。本当に私がいけなかったわ」
その声は、したたかでふてぶてしい悪女のものとは思えなかった。しかし、豊雄はその声ですら耳について仕方なかった。叔父と叔母が近寄って心配そうに豊雄を見ている。
「真名美だよ」
それだけで言いたいことは通じた。叔父は驚いた。これほど美しく、優雅な女性とまでは想像できなかったからだ。その声は思いやりに満ちていたし、悪いことのできる人間にはとても見えなかった。叔母もこんな育ちのよさそうなお嬢さんを、事情も聞いてやらずに追い返すのは、気の毒に思えた。
「まあ、まあ、とにかくここでは落ち着かないでしょうから、おあがりなさいな。今、お茶を淹れますからね」
柔和な性格の叔母が、真名美と豊雄の肩をやさしく抱いて、奥へ促した。
「叔母さん!」
「こらこら、こんなにかわいらしい娘さんを泣かせちゃいけないわよ。もしかしたら、どうにもならない事情があったかもしれないでしょう? 話を聞くだけ聞いてからでも遅くないわよ」
まだ何か言いたげな豊雄を制止して、ゆったりしたリビングルームに誘導した。店の方から、叔母の妹夫婦が興味津津に顔をのぞかせている。
「店番を頼む」と妹夫婦に声をかけて、叔父も部屋に入ってきた。