憑依

35
豊雄と真名美は向かい合って座り、しばらくの間、黙りこくっていた。真名美は言いたいことがあるのに、言葉にうまくまとまらないように見えた。豊雄は横を向き、自分の手の甲を見ていた。何をいまさら言うことがあるというのか? お前のせいで、俺がどんな思いをしたのか知っているのか? 豊雄の言いたいことはひしひしと伝わってきた。叔母はそつのない様子で真名美に話をさせた。
「東京から来はったんでしょ? えらい時間がかかったんちがいます?」
叔母のはんなりとした京言葉に真名美は気持ちを楽にしてもらったようだ。
「私、今、京都で暮らしているんです。去年はいろいろあって、また受験に失敗して、この春やっと大学に入りました。豊雄さんと同じ大学です」
「あら、本当? よく豊雄の大学がわかったわね」
真名美は今までの苦労を切々と語った。
「私、豊雄さんに申し訳ないことをしてしまって、本当にお詫びします。許してもらえないかもしれないとはわかっているのですが、どうしても一度お目にかかって、直接謝らなければと思いました。佐々木家で起こった事件のことで、豊雄さんにはひどく迷惑をかけてしまったんでしょうね? 私が、佐々木真名美を騙ったのだと思っていませんでしたか? おかしな話だとお思いになるかもしれませんが、私、正真正銘の佐々木真名美です。佐々木家に嫁いだのも本当のことです。ただ、夫は飛行機事故で死んだのではありません。それは言えませんでした。自分のことをどう説明すればいいかわからなかったからです。報道されているとおり、火事で焼け死にました。私も焼け死んだことになっているのですが、実は、私は若松と詩絵に助け出されたのです。お恥ずかしい話ですが、私は火事に気付いて、真っ先に実家の親が残した遺産の入っている通帳を持ちだそうとしたのです。若松たちが見つけてくれたときは、煙を吸い込んで倒れていたそうです。その私を二人で担いで外に出たのです。救急車を待つ間、意識を失っていた私が、急に目を開けて、二人にある場所に行くよう命じたそうです。私はまったく覚えがないのですが、佐々木家と非常によく似た屋敷に導いたそうです。そこが、豊雄さんの訪問して下さった屋敷です。同じ建築家が建てたもので、間取りとかがよく似ていたのです。私はほとんど覚えていないのですが、二人に、ここを借りて今日から住むのだと言ったのだそうです。その屋敷はちょうど空き家になっていました。若松が持ち主と契約しました。何人か人を雇い、豊雄さんが来た時と同じように、暮らし始めました。私はしばらく自分のことがよくわからなくなっていたのです。夫のことも、火事のことも、若松から聞かされてもわからないのです。若松も詩絵も、私に気を遣って、火事について触れないでくれました。無理に佐々木家の者に合わせに行こうとはしませんでした。私がショックから立ち直って、いろいろなことを思い出すまであの屋敷で見守ってくれていました。」
「東京から来はったんでしょ? えらい時間がかかったんちがいます?」
叔母のはんなりとした京言葉に真名美は気持ちを楽にしてもらったようだ。
「私、今、京都で暮らしているんです。去年はいろいろあって、また受験に失敗して、この春やっと大学に入りました。豊雄さんと同じ大学です」
「あら、本当? よく豊雄の大学がわかったわね」
真名美は今までの苦労を切々と語った。
「私、豊雄さんに申し訳ないことをしてしまって、本当にお詫びします。許してもらえないかもしれないとはわかっているのですが、どうしても一度お目にかかって、直接謝らなければと思いました。佐々木家で起こった事件のことで、豊雄さんにはひどく迷惑をかけてしまったんでしょうね? 私が、佐々木真名美を騙ったのだと思っていませんでしたか? おかしな話だとお思いになるかもしれませんが、私、正真正銘の佐々木真名美です。佐々木家に嫁いだのも本当のことです。ただ、夫は飛行機事故で死んだのではありません。それは言えませんでした。自分のことをどう説明すればいいかわからなかったからです。報道されているとおり、火事で焼け死にました。私も焼け死んだことになっているのですが、実は、私は若松と詩絵に助け出されたのです。お恥ずかしい話ですが、私は火事に気付いて、真っ先に実家の親が残した遺産の入っている通帳を持ちだそうとしたのです。若松たちが見つけてくれたときは、煙を吸い込んで倒れていたそうです。その私を二人で担いで外に出たのです。救急車を待つ間、意識を失っていた私が、急に目を開けて、二人にある場所に行くよう命じたそうです。私はまったく覚えがないのですが、佐々木家と非常によく似た屋敷に導いたそうです。そこが、豊雄さんの訪問して下さった屋敷です。同じ建築家が建てたもので、間取りとかがよく似ていたのです。私はほとんど覚えていないのですが、二人に、ここを借りて今日から住むのだと言ったのだそうです。その屋敷はちょうど空き家になっていました。若松が持ち主と契約しました。何人か人を雇い、豊雄さんが来た時と同じように、暮らし始めました。私はしばらく自分のことがよくわからなくなっていたのです。夫のことも、火事のことも、若松から聞かされてもわからないのです。若松も詩絵も、私に気を遣って、火事について触れないでくれました。無理に佐々木家の者に合わせに行こうとはしませんでした。私がショックから立ち直って、いろいろなことを思い出すまであの屋敷で見守ってくれていました。」