憑依

花
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 立ち上がった真名美の影を、なんとなくみんな探してしまった。もちろん影はあった。
 「そうよ。本当に不思議な話だけど、真名美さんのようなことだって、きっとあるのよ」
 叔母の佐緒里は、隣で体をこわばらせている豊雄の肩をそっと触った。豊雄は矛盾点をさらに追究するつもりだった
 「とにかく、僕がこれまでどれほどひどい目にあったか、知らないだろう? あんな盗品を持たせたくせに!」
 真名美の顔色が変わった。悪事がばれて窮地に追い込まれた顔ではなかった。頼りないような、情けないような、はかなげな様子で、ぽつりぽつり説明した。
 「あれは私も困っているのです。さっきの夢の話に戻りますね。あなたにお会いしたころも、頻度はだいぶ減っていたけど、たまに意識が遠くなって、夢を見たり、思いもよらないことを詩絵に話したりしたことがあったのです。私は、詩絵に、焼け跡に行くよう命じたらしいんです。地下室に大切なものがあるから、取って来るようにって。もちろん、詩絵は反対したそうです。でも、その時の我をなくした私は、私の大切なものだから、早く取りに行きなさいって、とても強く命じたそうです。若松が石帯を持ってきたそうです。若松から渡された時、私は逆に、なぜこんなものを持ってきたのかと尋ねました。その時は、まさか自分が命じたなんて思ってもみなかったのです。それから、あなたに会ったときは、もっと不思議だったんです。私、途中から、自分で自分のすることをコントロールできなくなってしまったんです」
 「自分の知らないうちに、人に何かを頼むなんてことは、ちょっと考えられないけど、まあ、でも、自分のたかぶった気持ちを抑えられなくて、思いもよらないことをするのだったら、誰にでもあるんじゃないかしら?」
 気持ちを汲んでやろうとする佐緒里の言葉を、必死になって真名美は否定した。
 「違うんです。自分の気持ちの弱さに理性が負けてしまうとか、そういうことじゃないんです。私の口を使って、誰かが、私の知らないことや考えてもいないことをしゃべり続けていたんです」
 豊雄と光雄と佐緒里は顔を見合せた。腑に落ちない顔をする三人に真名美は真剣に説明を続けた。家庭教師に断りの電話を入れさせたこと、豊雄に酒を勧めたこと、婚姻の儀式だと言って、石帯を渡したことは、すべて、真名美に言わせると、「私ではない私」が勝手にやったことなのだという。だんだん話の内容がデリケートになってきたので、叔父はさりげなく席を外した。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日