憑依

花
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 「二条家の家宝なんて、私、知りません。たしかに、私の家も公家だったそうです。でも、滋野という姓です。二条家のことは昔父から聞いたことがありますけど、公家の中でも最上の家格らしいです。私の実家はそこまでではないです。でも、私、あの雨の日に、豊雄さんを屋敷に連れていくことは嫌じゃなかったんです。その後のことも」といって、目を伏せて、頬を赤らめた。その様子がいじらしい。
 豊雄はやはり疑いのまなざしを向けていた。叔母は自分に理解できないことを確認しようとした。
 「じゃあ、こういうことかしら。私は今しゃべっているわけだけど、自分の意志でしゃべっているわけじゃない。誰かが、自分の頭の中に入り込んで、自分では考えていないことを勝手に言いだす。その間、自分では何一つ言うこともできないでいる、と」
 真名美は憂いを含んだ表情でうなずいた。
 「そうなのです。私、本当に困っています。私の中に、自分とは違う、誰かが住んでいて、時々その人に頭と体を支配されてしまうみたいです。石帯を取りに行かせた時のように、自分の意識がないときもあれば、豊雄さんと一緒のときのように、意識がはっきりしていることもあるんです」
 「その、住み着いている誰かって、女の人なのかしら?」
 「はい。豊雄さんと楽しく過ごしている夢を見たと言いましたけど、そのときに出てきた女の人です」
 「もしかすると」叔母は豊雄の方を見た。豊雄も叔母が何を言いたいのかわかったような気がした。叔母は物入れをしばらく探して、アルバムを取ってきた。それをテーブルの上に広げる。武一郎の結婚式のときの写真がたくさんでてきた。菜摘が大きく写っている写真を指差した。
 「この人じゃないかしら?」
 真名美は大きく目を見開いて、小さく悲鳴を上げた。震える指で菜摘を指す。
 「この人です。間違いありません。どうして? どうして?」
 肩をすぼめて震える真奈美に、叔母と豊雄が二年前の事件と、武一郎の推測を話して聞かせた。真奈美は大体納得したみたいだった。
 「でも、なぜその人が、豊雄さんに執着する必要があるのでしょうか? だって、豊雄さんのお兄様の奥様だったんでしょう?」
 豊雄は、真名美のまっすぐな視線から目をそらし、下を向いていた。叔母がうまく言い繕うとするのを、やはり豊雄は平然と聞いていられなかった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日