憑依

39
「叔母さん、いいんです。隠しても仕方がないですよ」豊雄は真実を語った。真名美は菜摘のことを気の毒がった。菜摘との不自然な関係を聞いても、真名美は豊雄を変な目で見ることはなかった。心の深い所に突き刺さった棘を、やさしく抜いてくれるような感じを、真名美の言葉に受けた。あれ以来、重くふたがれていた心の扉を温かく開く、真名美の声の響きが心に届いた。真名美への憎悪はだいぶ薄らいできた。しかし、まだいろいろききたいことはある。なぜ、自分が京都の大学に行っていることを知っているのだろう? 誰からこの店にいることを聞いたのだろう? あの屋敷はどうしてしまったんだろう? 実況見分のとき、なぜいたのか? そして、一瞬のうちに、どこへ消えたのか? いまだに火事で死亡したことになっているのか? やはり、納得のいく説明ができなければ、真名美への警戒を完全に解くことはできないだろう。彼が質問攻めにしようとすると、叔母が少し待つようにと豊雄を制止した。
「だって、もうこんなに時間が経ってるわよ。みんなちょっと疲れたでしょ。ちょうど食事時だから、食べながら聞きなさいよ、豊雄」
確かに、もう七時を回っていた。食卓に真名美と詩絵を招くということは、和解を意味するように思えた。少なくとも叔母の言葉にはそういう調子があった。豊雄もまあいいかという気になっていた。いや、おそらく、このときには、いろいろな疑問点に真名美がどう辻褄を合せても、あっさり受け入れるような心情になっていたのかもしれない。豊雄は後にこのときの自分の気持ちを振り返ることがあった。食卓に着くと、真名美は自分から話しだした。
「豊雄さんは実家に戻ったまま私のところへ訪れてくれませんでした。なぜなのか、私にはまだわからなかったのです。私は、博物館の展示物を豊雄さんに渡したことは覚えていませんでした。朝、別れた時も、半分私で、半分菜摘さん、ですか? だったみたいなのです。何時間経ってから、そのことを詩絵から聞いてびっくりしました。これは大変なことになるなと、さすがに思いました。二日経っても、電話も何もないので、若松に確認しました。名刺を渡したのは若松でしたから。ところが、やはりとんでもない失敗をしていたのです。若松は昔の住所と電話番号を渡したのです。火事で焼けたところですよね。もしかしたら、豊雄さんはそっちに来るかもしれないと思って、ためしにいってみたのです。そしたら、警察官がたくさんいて、私は面喰ってしまいました。展示物のこととか、自分が戸籍上死亡していることとか、説明するのもおおごとだと思って、逃げてしまいました。若松がとっさに発煙筒をたいてくれたから、逃げることができたのです。このときにわたしは痛感しました。いくらなんでも、このまま戸籍上死んだことになっているわけにはいかないと。これでは、物事が何も進展しません。それで、思い切って佐々木家を訪れてみました。まだ、本調子ではありませんでしたが、以前のように、焼けるような苦しみというものはほとんど出なかったのです。佐々木の両親はかなり驚いていましたが、事情を話すとわかってくれました。相続の話とかほとんど片付いていたところなので、迷惑をかけてしまいましたが、法律に基づいた金額を受け取ることができました」
「だって、もうこんなに時間が経ってるわよ。みんなちょっと疲れたでしょ。ちょうど食事時だから、食べながら聞きなさいよ、豊雄」
確かに、もう七時を回っていた。食卓に真名美と詩絵を招くということは、和解を意味するように思えた。少なくとも叔母の言葉にはそういう調子があった。豊雄もまあいいかという気になっていた。いや、おそらく、このときには、いろいろな疑問点に真名美がどう辻褄を合せても、あっさり受け入れるような心情になっていたのかもしれない。豊雄は後にこのときの自分の気持ちを振り返ることがあった。食卓に着くと、真名美は自分から話しだした。
「豊雄さんは実家に戻ったまま私のところへ訪れてくれませんでした。なぜなのか、私にはまだわからなかったのです。私は、博物館の展示物を豊雄さんに渡したことは覚えていませんでした。朝、別れた時も、半分私で、半分菜摘さん、ですか? だったみたいなのです。何時間経ってから、そのことを詩絵から聞いてびっくりしました。これは大変なことになるなと、さすがに思いました。二日経っても、電話も何もないので、若松に確認しました。名刺を渡したのは若松でしたから。ところが、やはりとんでもない失敗をしていたのです。若松は昔の住所と電話番号を渡したのです。火事で焼けたところですよね。もしかしたら、豊雄さんはそっちに来るかもしれないと思って、ためしにいってみたのです。そしたら、警察官がたくさんいて、私は面喰ってしまいました。展示物のこととか、自分が戸籍上死亡していることとか、説明するのもおおごとだと思って、逃げてしまいました。若松がとっさに発煙筒をたいてくれたから、逃げることができたのです。このときにわたしは痛感しました。いくらなんでも、このまま戸籍上死んだことになっているわけにはいかないと。これでは、物事が何も進展しません。それで、思い切って佐々木家を訪れてみました。まだ、本調子ではありませんでしたが、以前のように、焼けるような苦しみというものはほとんど出なかったのです。佐々木の両親はかなり驚いていましたが、事情を話すとわかってくれました。相続の話とかほとんど片付いていたところなので、迷惑をかけてしまいましたが、法律に基づいた金額を受け取ることができました」