憑依

40
叔母は魚の身をほぐす手を思わず止めた。さわらの西京焼きだった。金額を尋ねようとして、あやうく呑みこんだ。
「ほな、今はご両親と一緒にお住まいやの?」
豊雄も叔母が遺産のことを気にしていることに気づいた。しんじょの吸い物を両手で包んで味わっている真名美の代わりに答えた。
「叔母さん、聞いてなかったの? 真名美の両親はお亡くなりになったんだよ」
「ああ、そうやったね。さっき、火事の時ご両親の遺産を取りに行って、煙に巻かれた言うてはったな。許して下さいな、おかしなこと訊いてしもたわ」
「いいんです。もうずっと昔のことですし」真名美は椀を膳に乗せて、大根と油揚げのたいたんに手を伸ばした。どの料理も、いわゆる京のおばんざいというものだが、叔母の指図によって、住み込みで働いている店の若い者が作ったもので、上品で格別にうまい。たいたんというのは、京風の煮物といったようなものである。
「どれもおいしいですね」
真名美がまんざらお世辞でもなさそうに言うと、叔母はとてもうれしそうに謙遜した。しばらくは、食材や調理法の話で盛り上がった。叔母は客にほめられると、延々と料理の話を得意そうにする癖があった。酒もふるまわれた。豊雄は謹慎の意味で酒をやめていたが、叔母と叔父に、「今日は目出たいから」と言われ、たくさん飲まされた。叔父たちは何か勘違いしているのではないかと、豊雄は疑った。両親の遺産とか、夫の遺産に目がくらんだのかもしれない。果物と菓子と番茶が運ばれたころ、真名美が身の上の続きを話した。
「私、豊雄さんにどうしても会いたくて、予備校中を探しました。」
「おれ、京都の予備校に移ったんだよ」豊雄は、実況見分後すぐに、真名美のことがいろいろ怖くなって、叔父夫婦の家に入り、受験勉強に全力を傾けた。
「本当は京都の大学に行きたいって言ってたから、たぶんそうじゃないかなって思ったの。私の家も昔は当然京都にあったから、憧れていたの。明治維新のときに、天皇陛下と一緒に公家はみんな東京に移住したんだって。予備校の模擬試験の記録を調べたら、いつも上位だったから、わたしも勉強がんばったよ。運よく合格できて、入学後に講義の合間を縫って豊雄さんを探し回ったの。やっと見つけた時は飛び上がるぐらいうれしかった。でも、怖くてなかなか声をかけられなかった。だってそうでしょ。あんなことがあって、きっと誤解されてるから、取りつく島もないんじゃないかって思ったの。言いにくいのだけど、あなたの後をつけて、お住まいがわかったので、思い切って訪ねてみたの。豊雄さんのおうちでなら、これまでの事情をゆっくり説明できると思って」
「ほな、今はご両親と一緒にお住まいやの?」
豊雄も叔母が遺産のことを気にしていることに気づいた。しんじょの吸い物を両手で包んで味わっている真名美の代わりに答えた。
「叔母さん、聞いてなかったの? 真名美の両親はお亡くなりになったんだよ」
「ああ、そうやったね。さっき、火事の時ご両親の遺産を取りに行って、煙に巻かれた言うてはったな。許して下さいな、おかしなこと訊いてしもたわ」
「いいんです。もうずっと昔のことですし」真名美は椀を膳に乗せて、大根と油揚げのたいたんに手を伸ばした。どの料理も、いわゆる京のおばんざいというものだが、叔母の指図によって、住み込みで働いている店の若い者が作ったもので、上品で格別にうまい。たいたんというのは、京風の煮物といったようなものである。
「どれもおいしいですね」
真名美がまんざらお世辞でもなさそうに言うと、叔母はとてもうれしそうに謙遜した。しばらくは、食材や調理法の話で盛り上がった。叔母は客にほめられると、延々と料理の話を得意そうにする癖があった。酒もふるまわれた。豊雄は謹慎の意味で酒をやめていたが、叔母と叔父に、「今日は目出たいから」と言われ、たくさん飲まされた。叔父たちは何か勘違いしているのではないかと、豊雄は疑った。両親の遺産とか、夫の遺産に目がくらんだのかもしれない。果物と菓子と番茶が運ばれたころ、真名美が身の上の続きを話した。
「私、豊雄さんにどうしても会いたくて、予備校中を探しました。」
「おれ、京都の予備校に移ったんだよ」豊雄は、実況見分後すぐに、真名美のことがいろいろ怖くなって、叔父夫婦の家に入り、受験勉強に全力を傾けた。
「本当は京都の大学に行きたいって言ってたから、たぶんそうじゃないかなって思ったの。私の家も昔は当然京都にあったから、憧れていたの。明治維新のときに、天皇陛下と一緒に公家はみんな東京に移住したんだって。予備校の模擬試験の記録を調べたら、いつも上位だったから、わたしも勉強がんばったよ。運よく合格できて、入学後に講義の合間を縫って豊雄さんを探し回ったの。やっと見つけた時は飛び上がるぐらいうれしかった。でも、怖くてなかなか声をかけられなかった。だってそうでしょ。あんなことがあって、きっと誤解されてるから、取りつく島もないんじゃないかって思ったの。言いにくいのだけど、あなたの後をつけて、お住まいがわかったので、思い切って訪ねてみたの。豊雄さんのおうちでなら、これまでの事情をゆっくり説明できると思って」