憑依

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遅い午後のやわらかい日差しの下、テラスの白い寝椅子で昼寝することもよくあった。そんなときはたいがい詩絵といっしょだ。二人は仲のよい姉妹のようにお茶を飲んだり、編み物をしたりして過ごしているのだ。そういうわけだから、真名美は、サーフィンをしたいとか、ジェットコースターに乗りたいとかはいわない。豊雄は詩絵の意見もきいたが、恐縮しているだけである。しかし、真名美と同じで、野外活動的なことはやりたくないみたいだ。真名美は高原でギターの演奏に合わせて歌でも歌っているのがいちばんいいなどと、ぽつりという。
「それじゃ、普段と変わらないじゃないか」と、豊雄がいうと、
「あら、高原に行くことが素敵なのよ」と、主張を崩さない。
結局、飛騨高山を観光して、下呂温泉でゆっくり静養するということになった。
豊雄は一回生の春に免許を取得し、新車を買ってもらった。もちろん、豊雄は断ったが、働いたら返せばいいからと、叔父が、スカイラインをぽんと買い与えた。豊雄はうれしさのあまり、涙がこぼれた。休みのたびにぴかぴかに磨いて、呉服屋の前に置いた。乗る機会はあまりないが、店の広告塔の役割を果たした。そのスカイラインで大原から琵琶湖北岸に向かった。どうせなら山道をドライブしながらと思って、そのような回り道をしたのだ。豊雄は、三千院や寂光院に寄りたかったが、真名美の気分が悪くなったので、その先の見晴らしがよい所で休憩をすることにした。高原の空気をしばらく吸いながら、遠くの景色を眺めていると、真名美も調子を取り戻した。いまさら引き返す気にもならないので、そのまま琵琶湖まで抜けた。琵琶湖がよく見えるところで何度か車を止めた。伊吹山を見ながら越前に抜け、東尋坊、金沢と進み、一泊した。金沢ではおいしい海の幸を堪能する。翌日、白山を眺めながら飛騨に到着後、白壁土蔵が立ち並ぶ街並みを散策し、ろうそくなどお土産に買ったりした。高山では大きな温泉旅館でスカイラインを停めた。広い部屋で食事をした。露天風呂から眺める星空は信じられないほどきれいだった。豊雄が部屋に戻ると、窓辺に浴衣姿の真名美が座って、うちわを使っていた。詩絵がきちんと正座して、豊雄に酒を注いだ。三人でとりとめのない話をしているうちに夜が更けていき、詩絵も自分の部屋に戻った。豊雄は幸福だった。窓の外では、まだ湯治客が連れだって歩いている。土産物屋はしまっているから、おおかた飲むところを探しているのだろう。古い街のたたずまいとともに、絵になる光景である。豊雄は来てよかったと思った。真名美と夜風に当たった、由緒正しい宿の二階の部屋をいつまでも忘れることはないだろうと思った。
翌朝、朝市を見て回っていると、Tシャツでリュックを背負った欧米人が店の人と一生懸命話をしているのだが、通じなくて困っていた。
「それじゃ、普段と変わらないじゃないか」と、豊雄がいうと、
「あら、高原に行くことが素敵なのよ」と、主張を崩さない。
結局、飛騨高山を観光して、下呂温泉でゆっくり静養するということになった。
豊雄は一回生の春に免許を取得し、新車を買ってもらった。もちろん、豊雄は断ったが、働いたら返せばいいからと、叔父が、スカイラインをぽんと買い与えた。豊雄はうれしさのあまり、涙がこぼれた。休みのたびにぴかぴかに磨いて、呉服屋の前に置いた。乗る機会はあまりないが、店の広告塔の役割を果たした。そのスカイラインで大原から琵琶湖北岸に向かった。どうせなら山道をドライブしながらと思って、そのような回り道をしたのだ。豊雄は、三千院や寂光院に寄りたかったが、真名美の気分が悪くなったので、その先の見晴らしがよい所で休憩をすることにした。高原の空気をしばらく吸いながら、遠くの景色を眺めていると、真名美も調子を取り戻した。いまさら引き返す気にもならないので、そのまま琵琶湖まで抜けた。琵琶湖がよく見えるところで何度か車を止めた。伊吹山を見ながら越前に抜け、東尋坊、金沢と進み、一泊した。金沢ではおいしい海の幸を堪能する。翌日、白山を眺めながら飛騨に到着後、白壁土蔵が立ち並ぶ街並みを散策し、ろうそくなどお土産に買ったりした。高山では大きな温泉旅館でスカイラインを停めた。広い部屋で食事をした。露天風呂から眺める星空は信じられないほどきれいだった。豊雄が部屋に戻ると、窓辺に浴衣姿の真名美が座って、うちわを使っていた。詩絵がきちんと正座して、豊雄に酒を注いだ。三人でとりとめのない話をしているうちに夜が更けていき、詩絵も自分の部屋に戻った。豊雄は幸福だった。窓の外では、まだ湯治客が連れだって歩いている。土産物屋はしまっているから、おおかた飲むところを探しているのだろう。古い街のたたずまいとともに、絵になる光景である。豊雄は来てよかったと思った。真名美と夜風に当たった、由緒正しい宿の二階の部屋をいつまでも忘れることはないだろうと思った。
翌朝、朝市を見て回っていると、Tシャツでリュックを背負った欧米人が店の人と一生懸命話をしているのだが、通じなくて困っていた。