憑依

花
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 そして、その翌日、弁護士を入れて、滋野家と話し合いをした。大手メーカーの部長を務めている真名美の叔父は、捜索している間、心配して何度も連絡をくれ、豊雄たちの詰めている旅館にも足を運んでくれようとした。しかし、こちらへ来ても特に何をすることもなく、豊雄や叔母たちが、我々も捜索を見守っているだけなので無理しなくてもいいと告げると、それ以上は言ってこなかった。おそらく、それほど親しくしていない姪のために、スケジュールの調整をするのは気が進まなかったのだろう。来てもらっても気づまりになるだけだと思っていた豊雄たちは内心ホッとしていた。
 真名美の叔父が到着した。西田の話したことを伝えるといろいろややこしくなるので、警察が結論付けた公式の見解のみを伝えた。真名美の親の遺産と夫の遺産の大部分が豊雄のものになることについては、割り切れない表情も見せたが、それが法の定めるところなので、どうにもできないとあきらめたようだ。叔父が呼んだ弁護士が、分厚い書類の束を持って説明したので、彼らは何も反論しなかった。それに、もともと真名美とはあまり行き来がなかったようで、激しい衝撃を受けている感じはしなかった。
 滋野家が引きあげると、豊雄の父たちと叔父たちで話し合いをした。
 「だけど、お前たちは、なんで真名美さんがやってきたとき、あんなに簡単に豊雄と一緒にさせようとしたんだい?」
 その夜、深刻な表情で、武雄が叔父に詰問した。
 「初めは、おかしいと思ったんだよ。豊雄なんか怖がってたさ。でも、真名美さんは、育ちのよさそうなお嬢さんだし、話にも実感がこもっていたんだ。清楚な娘さんが、真面目に、熱をこめて説いて聞かせるんだもの、俺たちだって、信じないわけにいかなかったよ」それに、遺産もたくさん持っているし、とは、間違っても口に出さなかった。叔父と叔母はおそらく財産目当てだったのだろうと、口には言わないが、豊雄たちは推量していた。そのせいか、真名美たちが不慮の事態に陥っているのに、叔母はどことなくうれしそうだった。叔父はますます豊雄を養子にしたがっているように見えた。
 武雄はしばらく腕組みして、怖い顔していたが、「まあ、お前たちが騙されるんじゃ、どうにもならない運命だったんだろう」と、この問題にはきりをつけることにした。
 父と母は和歌山に戻ったが、兄は珍しくそのまま残り、叔父たちと酒を酌み交わした。酒を飲んでも楽しくないので、豊雄は、一人で部屋に戻った。真名美と暮らした日々を思い出して、しばらくぼんやりしていた。真名美と詩絵の持ち物はすべて、お祓いをして焼いてしまったので、部屋が急に広くなったようだ。真名美の幻が、部屋をよぎっていく。喫茶店で初めて会ったときの横顔。この部屋で編み物をしていた姿。麝香のような香り。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日