憑依

57
「そんな……。兄さん」豊雄は、目がしらが熱くなって、周囲がぼやけて見えるので、弱った。
「いや、武一郎君。もういいんだよ。そんなに今更自分を責めるようなことはいわなくてもいいさ。おれがもっと菜摘のいうことをきいてやればよかったのかもしれない。親の利己心に従わせずに、大学に進学させてやればよかったよ。結局、あいつは親の犠牲になったんだよ」菜摘の父は、荒武者のような顔をゆがませ、大粒の涙をぽろぽろこぼした。「しかし、浮かばれずに、人様を怖がらせるようなまねはもうよしてほしいよ。なんとかしてあいつを成仏させられないかな」
安藤家にも大宅家にも、立派な菜摘の仏壇は既にあるのだ。なぜ、成仏しないのか、父親はしきりに首をかしげた。
そこで、武一郎は、二条家のしきたりについて自らの説を開陳した。はじめのうちは、結婚の際に、由緒正しい家なら、家宝を受け継いでいくというしきたりを持っていても珍しくないのではないかといっていた菜摘の父も、「一年後に当家に返還するというのは割と珍しいのではないでしょうか?」と武一郎にいわれると、「たしかにそうだ」と首肯した。
「しかし、おれはそういう話をきいたことがないよ。なあ、お前はどうだ」と、隣で男たちの話に口を挟まずにいた家内に問いかける。
「そうねえ、もしかしたらだけど、なくなったおばあさんがそんなことをいっていたような気もするけど、でも、たしかじゃないわ」
「そのおばあさまから、お話をきけますか?」武一郎は身を乗りだした。
「あいにくですけど、もうとうに亡くなったんですよ」
「いつごろですか」
「菜摘が中学生のころだったわね」
菜摘の母は、遠い目をして何か思い出そうとしているようだった。
「そういえば……」
「なにか思い出しましたか」
「おばあさんがかわいがってた女中がいて、おばあさんが亡くなると同時に、ふるさとに戻ったのだけど、いつもおばあさんの話し相手をしてくれていたから、もしかしたら、この家の古いしきたりのことなんかも知ってるかもしれないわね」
豊雄と武一郎は手に手を取って踊りだしたい気分だった。
「その女中さんのお住まいを教えてもらえますか?」二人は同時に一字もたがえずにそういった。
「ごめんなさい。もう随分古い話だから、わからないと思うわ」
豊雄と武一郎は同時に首をうなだれた。
「兄貴、もうだめだよ」そういわれて、武一郎も力を落とした。よい方法が思い浮かばなかった。
「いや、武一郎君。もういいんだよ。そんなに今更自分を責めるようなことはいわなくてもいいさ。おれがもっと菜摘のいうことをきいてやればよかったのかもしれない。親の利己心に従わせずに、大学に進学させてやればよかったよ。結局、あいつは親の犠牲になったんだよ」菜摘の父は、荒武者のような顔をゆがませ、大粒の涙をぽろぽろこぼした。「しかし、浮かばれずに、人様を怖がらせるようなまねはもうよしてほしいよ。なんとかしてあいつを成仏させられないかな」
安藤家にも大宅家にも、立派な菜摘の仏壇は既にあるのだ。なぜ、成仏しないのか、父親はしきりに首をかしげた。
そこで、武一郎は、二条家のしきたりについて自らの説を開陳した。はじめのうちは、結婚の際に、由緒正しい家なら、家宝を受け継いでいくというしきたりを持っていても珍しくないのではないかといっていた菜摘の父も、「一年後に当家に返還するというのは割と珍しいのではないでしょうか?」と武一郎にいわれると、「たしかにそうだ」と首肯した。
「しかし、おれはそういう話をきいたことがないよ。なあ、お前はどうだ」と、隣で男たちの話に口を挟まずにいた家内に問いかける。
「そうねえ、もしかしたらだけど、なくなったおばあさんがそんなことをいっていたような気もするけど、でも、たしかじゃないわ」
「そのおばあさまから、お話をきけますか?」武一郎は身を乗りだした。
「あいにくですけど、もうとうに亡くなったんですよ」
「いつごろですか」
「菜摘が中学生のころだったわね」
菜摘の母は、遠い目をして何か思い出そうとしているようだった。
「そういえば……」
「なにか思い出しましたか」
「おばあさんがかわいがってた女中がいて、おばあさんが亡くなると同時に、ふるさとに戻ったのだけど、いつもおばあさんの話し相手をしてくれていたから、もしかしたら、この家の古いしきたりのことなんかも知ってるかもしれないわね」
豊雄と武一郎は手に手を取って踊りだしたい気分だった。
「その女中さんのお住まいを教えてもらえますか?」二人は同時に一字もたがえずにそういった。
「ごめんなさい。もう随分古い話だから、わからないと思うわ」
豊雄と武一郎は同時に首をうなだれた。
「兄貴、もうだめだよ」そういわれて、武一郎も力を落とした。よい方法が思い浮かばなかった。