憑依

60
イスの列を通りながら、大当たりして、玉があふれ返っている台に目をやる。もう少しやりたいと思ったが、叔母たちを心配させたくないので、もう一度、出口でその台に振り返って、未練がましく三秒ぐらい眺めてから、決意して外に出た。生ぬるい空気と隣の焼鳥屋から漂う匂いに体中を包まれた。それだけではない。すぐ近くで視線を感じた。からみつくような視線だが、不思議と嫌な気分はしない。思わず笑いかけてあげたくなるのだ。子どものころに、格子戸の並んだ夕暮れの街並みの二階の窓から、美しい少女が笑って自分を見ている夢を見た。誘いかけるような笑みに心を躍らせて、その家に向かっていくのだが、いつまでたってもたどり着かない夢だった。今もその夢の中の自分と同じ気分だった。今度こそ捕まえて見せると思って、とっさに振り向くと、誰かが顔をそむけたような気がした。しかし、単なる気のせいだった。
またか、と豊雄は思った。これで何度目だろう。誰かに見られているような気がする。たしかに、大学にいかずに、ふらふら遊び歩いているのだから、人の目は気になっている。知り合いに見とがめられたらどうしようという、後ろ暗い気持ちは絶えずあった。しかし、そうとだけだと納得することができなかった。なんなのだろう 、この落ち着かない気分は? なにかあまりよくないことが起こるときに、口の中に金属みたいな味が広がるときがある。今まさにそういう状態だった。しかし、すぐにではないように思う。それほど急に悪化しない病気か何かが、ゆっくりと進行していくように、事態がどこかへ向かっていくという、妙な予感がした。このまま大学にいかなかったら、いつか叔母たちにばれてしまい、大きな騒動の後、暗い未来へ転がり落ちていく。それは少なくとも現実だった。その現実が得体の知れない不吉な予感を抱かせる原因であるような気もするし、そうではない気もする。
パチンコ屋通いが板につき、常連客の幾人かと情報交換をするようにもなり、大学をやめて、こうして浮き草のように生きていくのが自分にはあっているかもしれないと考えていたあるとき、いつもの時刻に家に戻ると、赤いポルシェが停まっていた。嫌な予感がした。
「ただいま」
玄関に入ると、畳を擦る音がした。叔母の妹の石田小百合だった。眉の形で予感が的中したのがわかった。
「大学のお友達、横山さんいう人が見えてはりますわ。豊雄さんが戻ったら、すぐ客間に通すよう、姉さんがいっとったわ」
またか、と豊雄は思った。これで何度目だろう。誰かに見られているような気がする。たしかに、大学にいかずに、ふらふら遊び歩いているのだから、人の目は気になっている。知り合いに見とがめられたらどうしようという、後ろ暗い気持ちは絶えずあった。しかし、そうとだけだと納得することができなかった。なんなのだろう 、この落ち着かない気分は? なにかあまりよくないことが起こるときに、口の中に金属みたいな味が広がるときがある。今まさにそういう状態だった。しかし、すぐにではないように思う。それほど急に悪化しない病気か何かが、ゆっくりと進行していくように、事態がどこかへ向かっていくという、妙な予感がした。このまま大学にいかなかったら、いつか叔母たちにばれてしまい、大きな騒動の後、暗い未来へ転がり落ちていく。それは少なくとも現実だった。その現実が得体の知れない不吉な予感を抱かせる原因であるような気もするし、そうではない気もする。
パチンコ屋通いが板につき、常連客の幾人かと情報交換をするようにもなり、大学をやめて、こうして浮き草のように生きていくのが自分にはあっているかもしれないと考えていたあるとき、いつもの時刻に家に戻ると、赤いポルシェが停まっていた。嫌な予感がした。
「ただいま」
玄関に入ると、畳を擦る音がした。叔母の妹の石田小百合だった。眉の形で予感が的中したのがわかった。
「大学のお友達、横山さんいう人が見えてはりますわ。豊雄さんが戻ったら、すぐ客間に通すよう、姉さんがいっとったわ」