憑依

花
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 愛嬌たっぷりに賢素が笑うと、叔母はなぜか張り切って、歩いていった。久しぶりに甥が明るい顔をしているので、うれしかったのだろう。
 自分の部屋に入って、酒の準備のための叔母たちの出入りが落ち着いて、そろそろ来るかなと覚悟した。
 「毎日、何してるんや?」
 二人きりで、周囲を気にせずに話せるときがくるのを待っていたのだろう。大ぶりのグラスに、氷を落として、ウイスキーを注ぎながら、賢素はきいた。作り話をこしらえるのは面倒だった。
 「パチンコ」ぼそっといった。
 賢素は目を丸くした。「パチンコか、面白そうやな」
 豊雄は、興味を持った賢素に請われるままに、無為にパチンコ屋で時を過ごした日々について、語ってみせた。
 初めのうちは、ただ同じ動作を繰り返しているだけだった。何の興味も欲もない。黒い虚無に心を食いつぶされないようにするためだけに、手を動かし続けた。目はほとんど何も追っていなかった。玉が出ても、台がうるさく音を立てても、何も思わなかった。一日目が終わると、結構玉が出ていた。そんなものなのだろうと、何も疑問に感じず、受け止めた。玉をどうすればいいかわからなくて、店員を呼びとめると、意外と親切に教えてくれた。こういうところの従業員はやくざもんだと思いこんでいたから、人当たりの良さにちょっと驚いた。特殊景品のことを教わり、いわれたとおりに換金した。結構大きいお金をもらい、財布に入れて帰った。
 次の日は、その財布をそのまま持って、同じ店にいった。昼ごろ玉が出なくなって、昨日の分を相当減らした。そのあと少し持ち直した。大学に通っていれば、そろそろ帰宅する時刻には、玉の出がまたすこぶる渋くなった。結局この日は昨日の勝ち分を四分の三失った。気がついてみると、玉の出方に興味を持つようになっていた。
 街中をぶらぶらあてどなく歩いて、何の気なしに立ち寄ったパチンコに興味を持ったことが、自分の空虚な気持ちをまぎらしてくれた。それで毎日同じ店に通った。店を替えなかったのは、このゲームについて、ある程度の傾向をつかむためであった。何しろ、真名美の残した金がたくさんある。負けがこんでも気にならなかった。それに、不思議と負けることは少なかった。大きく勝つこともないが、貯金通帳から引き出すことはほとんどなかった。欲がないのがよかったみたいだ。やめるタイミングで悩むことはなかった。勝ちだしたらあっさり切り上げて、一旦換金しにいく。それがよかったみたいだ。負け出した時の引き際のよさも見事だった。負けた分を少しでも取り戻してからやめようという気持ちはあったが、そうしなかった。それがよかったみたいで、火を以って火を救う、という事態にはならなかった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日