憑依

63
豊雄がだいたいこんな話をすると、賢素はますます興味を持った。
「なるほど、欲を持たないことと、引き際か……」賢素は、胡坐をかいて、腕組みをして、遠くを見るような目をしてしばらく黙っていたが、
「のう、豊雄、おれもパチンコに連れて行ってくれへんかな」といった。
豊雄は、賢素の顔をまじまじと見た。彼の意図がわからなかった。勘違いしているに違いない。彼は賢素の淡い期待感に修正を施そうとした。
「賢素、おれはな、何もしたくないんだよ。生きていたくもない。パチンコがしたいわけじゃないんだ。金を儲けようと思っていない。買ってもうれしくないし、負けても悔しくない。ただ、空白の心を考えることなく、一日を過ごせることだけが、おれの救いになっているんだ。お前な、パチンコで勝とうと思っているだろ。それだったらやめとけ。おれもな、勝とうと思ったり、生活がかかったりしたら、もうその時点で勝てなくなると思ってる。あれは、儲けようと思って儲けられるような、安直な遊びじゃないぜ」
「はっはっはっは。馬鹿だな。おれはそんなこと考えてへんよ。おれも無欲に玉を弾くってのがやりとうなっただけよ。宗教も同じよな。さあ、悟りを開こうとか、名僧になったるでとか、下心があってはいかんて、よく父親に聞かされたわ。お前のパチンコは、仏道修行みたいやで。それが気にいったわ」
彼が何を考えているのか、よくわからなかったが、豊雄は次の日になじみの店へ連れていくことを約束した。おれに引きずられておまえの学業に支障をきたすようになったら困るなと、豊雄は最後まで渋っていたが、人間寄り道が大事なんじゃと、賢素は平気な顔をした。
ぬぼっと現れて、ぬぼっと去っていく。ケチャップの中にマスタードが入っていくみたいだと、ポルシェに乗りこんだ賢素を見送った叔母と叔母の妹の小百合は思った。窓を開けて、あごを突き出して挨拶する賢素は、由緒正しい僧侶としてのものなのか、名門大学の学生としてのものなのかわからないが、芬々たる矜持をそこいら中にばらまいていた。
南座の前を、下を向いて歩く。女たちの薄い服が、安っぽくうらぶれた感じに見えた。歩いているのは、勤め人か商売人か主婦だ。モッズ・スタイルで歩き回っている大学生はいかにも風景に合わなかった。
駅の表示板や店の広告がわびしく感じられた。黒のチェックのシャツ、無造作に額に垂らした長髪。舗装道路にこびりついた痰をよけて、よろけた。
「なるほど、欲を持たないことと、引き際か……」賢素は、胡坐をかいて、腕組みをして、遠くを見るような目をしてしばらく黙っていたが、
「のう、豊雄、おれもパチンコに連れて行ってくれへんかな」といった。
豊雄は、賢素の顔をまじまじと見た。彼の意図がわからなかった。勘違いしているに違いない。彼は賢素の淡い期待感に修正を施そうとした。
「賢素、おれはな、何もしたくないんだよ。生きていたくもない。パチンコがしたいわけじゃないんだ。金を儲けようと思っていない。買ってもうれしくないし、負けても悔しくない。ただ、空白の心を考えることなく、一日を過ごせることだけが、おれの救いになっているんだ。お前な、パチンコで勝とうと思っているだろ。それだったらやめとけ。おれもな、勝とうと思ったり、生活がかかったりしたら、もうその時点で勝てなくなると思ってる。あれは、儲けようと思って儲けられるような、安直な遊びじゃないぜ」
「はっはっはっは。馬鹿だな。おれはそんなこと考えてへんよ。おれも無欲に玉を弾くってのがやりとうなっただけよ。宗教も同じよな。さあ、悟りを開こうとか、名僧になったるでとか、下心があってはいかんて、よく父親に聞かされたわ。お前のパチンコは、仏道修行みたいやで。それが気にいったわ」
彼が何を考えているのか、よくわからなかったが、豊雄は次の日になじみの店へ連れていくことを約束した。おれに引きずられておまえの学業に支障をきたすようになったら困るなと、豊雄は最後まで渋っていたが、人間寄り道が大事なんじゃと、賢素は平気な顔をした。
ぬぼっと現れて、ぬぼっと去っていく。ケチャップの中にマスタードが入っていくみたいだと、ポルシェに乗りこんだ賢素を見送った叔母と叔母の妹の小百合は思った。窓を開けて、あごを突き出して挨拶する賢素は、由緒正しい僧侶としてのものなのか、名門大学の学生としてのものなのかわからないが、芬々たる矜持をそこいら中にばらまいていた。
南座の前を、下を向いて歩く。女たちの薄い服が、安っぽくうらぶれた感じに見えた。歩いているのは、勤め人か商売人か主婦だ。モッズ・スタイルで歩き回っている大学生はいかにも風景に合わなかった。
駅の表示板や店の広告がわびしく感じられた。黒のチェックのシャツ、無造作に額に垂らした長髪。舗装道路にこびりついた痰をよけて、よろけた。