憑依

花
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64

 派手な電飾と騒がしい音楽の前に、深緑と紫のチェックのシャツを着た賢素が立っていた。こいつにモッズを禁止することはできないものだろうかと、豊雄は悲しくなった。マッシュルームカットの坊さんはまずいだろう。少し前から豊雄のファッションをまねし出したのだ。
 「よお」
 賢素がにこにこして手を上げた。豊雄は軽くうなずいて、ポケットに手を入れたまま店の中にずかずか入っていく。賢素も慌ててついてくる。
 豊雄は慣れた感じで、貸し玉機から三千円分出す。玉の入ったケースを持って無造作に空いている台に座り、打ちはじめる。つまらなそうに打つ。ほとんど盤面を見ていない。一進一退を繰り返し、玉の量はほとんど変化しない。そうやって一時間玉を弾き続けた。賢素は後ろからずっと眺めていた。
 豊雄は手を止めて、玉の入ったケースを運ぶ。
 「どうしたんや?」
 「いつも一時間で変化がないときは台を替えるんだ」隣に移って玉を仕込むと、また立ちあがった。
 「隣でいいのか?」
 「どこだっていいんだよ」といって、賢素を置いて歩いていく。
 「おい、どこぞへいくのや?」
 「ちょっと、しょんべん。賢素やっててくれよ」
 賢素は慌てて回転いすに腰掛け、震える手で電動レバーを回す。強すぎて玉が勢いよく連射された。戻すと勢いがたりない。だんだん感覚がつかめてきて、適度な位置に玉を放る。そのうちにフィーバーする。びっくりしながらレバーを保持していると、どんどん玉が出る。あふれて困っていると、
 「賢素やるじゃないか」
と豊雄が空のケースを持ってきて、玉の世話をする。
 「交代してくれ」手だけレバーのところに置いて、賢素が席を立つ。
 「もういいよ」豊雄は賢素の手をどかして、玉を弾くのをやめ、玉の入ったケースを全部、空いているイスの上に置く。
 「飲めよ」コカコーラの流線形の小壜を渡し、ぐびぐび飲みはじめた。
 賢素も飲む。シュワシュワして舌と頬の内側がからい。からいがあまい。そして、すっきりする。
 豊雄は飲み終わると壜をパチンコ台の手元あたりに置いて、ケースを抱えて歩き出す。
 玉を店員に渡す。店員は計量し、黙ってカードを渡す。
 「なんじゃそりゃ?」
 「特殊景品」
 「特殊……。あ、待てよ」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日