憑依

花
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65

 豊雄は店の外に出る。急に立ち止まるので、賢素がぶつかった。
 「危ないなあ」なにか続けようとしたが、豊雄の様子が変なので、賢素は豊雄の視線の方向を見る。信号のところで腰の曲がった老女が立っているだけだ。
 「あのばあさんがどうかしたか?」後ろから豊雄の顔をのぞきこむようにする。
 我に返った豊雄は、どうしようかためらったが、真名美に違和感を感じたほどの僧侶である賢素に、一抹の期待を抱いて、不安を聞かせた。
 「最近、視線を感じるんだよ。でも、気のせいかもしれないな。見るとなにもないんだ。こんな生活をしているから、後ろめたくてそんな気がするのかもしれない」
 意外にも賢素はからかったりしなかった。
 「そうか。もしかすると、さまよってる仏さんがつきまとってるのかもしれんな」
 太い眉と大きな目でそんなことをいう。どっしり構えた顔を見ていると、少し安心してくる。
 「あそこで換金してもらうんだよ」
 豊雄が指差すところを賢素は見た。駅の窓口をいかがわしくした、物置みたいなところがあった。豊雄は窓の中に特殊景品をつっこんだ。しばらくすると、干からびたような手が、よれよれの紙幣と手垢だらけの硬貨を突き出した。
 「じゃ、またいくか」
 こうやって、勝ったら金に換え、そうでなければ少し間を置き、ひたすらパチンコを続けるのである。もうけもでなければ、負けもしない。まさに時間つぶしだ。だけど、時間つぶしだけが、今の豊雄を支えていた。
 店の方を向いた豊雄を賢素の大きな手が引きとめた。思わず豊雄は賢素の顔を見る。
 「なあ、おれの車に乗らへんか?」
 賢素はにっこり笑った。豊雄は彼の真意を量りかねた。でも、パチンコの代わりにポルシェに乗るのもいいと思った。パチンコ以外に心が動かされるのは久しぶりだ。賢素が神々しく見えた。

 東名に乗ってくれと、豊雄は指示した。賢素が金の心配をしたが、全部出すと言ったら、承知した。名古屋で味噌カツを食べて、夕方に南座で降ろしてもらった。
 途中で賢素は、パチンコと数学どちらが面白いかきいた。どちらも面白くないが、パチンコはやってもいい気になると答えた。なんで数学科に入ったのかきかれた。面白いからだと答えた。お前矛盾してるなと笑われた。豊雄は正直に答えているだけだといった。それから、賢素に、坊主のくせに数学の勉強をするのはなぜかときいた。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日