憑依

67
「おれはもう何もしたくないんだ。生きていくのも面倒くさい。数学にも興味を感じられなくなって、正直弱った。街をぶらぶらして、何の気なしにパチンコを始めたら、これはある程度成功した。つまり、何もしたくない、生きていくのも面倒くさいというのを、パチンコしてる間だけ忘れることができた。でも、それも万能薬にはならなかった。おれは、もう──」死のうと思っていたと言おうとしたが、のどにひっかかった。沈黙。ポルシェの頼もしいエンジン音と、風を切る音が耳に入ってきた。賢素はちらっと豊雄の顔を窺った。思ったほど暗い顔ではない。しかし、なんとなく豊雄の言おうとしたことを察知した。
「ほなら、おれ、ええ時におまえの家にいったってわけやな?」
「ああ、そうだな」もう一度くりかえす。「そうだな」
そうだ。こいつがきたから、おれは今日もパチンコにいく気になったんだ。そうでなければ、おれはいったいどうしていただろうか? 賢素の黄色いシャツの胸元に目をやった。なんだか急にこいつがとても頼もしく見えてきた。おれなんかのことを思ってくれるやつがいる。その実感がふいに湧いた。意味もなく、膝をさすったり、あごをなでたりして、熱くなった胸を感じていた。
プラスチックのケースを持って、玉貸し機の下方に置いた。玉がやかましく出る音が、そらぞらしく感じられた。空のプラスチックケースを持った賢素が声をかけた。
「あれ、おまえ、早いやんか?」
うつむいて振り向かずに豊雄は答えた。「今日は、全然だめだ」ケースを持って歩き、席に着くと、やがて賢素もやってきて、隣に座った。無言でレバーを握りしめる。フィーバーは、ほとんどこない。あっちこっちのフィーバーの音、大きすぎるBGMが、頭の中でうつろに響く。
おとといから賢素と打ちはじめて、ツキがこなくなった。なぜそうなったのか、豊雄はわからなかった。いや、それは嘘だ。本当は少しわかっていた。だけど、それを認めたくなかった。
パチンコで勝つ方法。勝とうという欲を持たない。玉がたくさん出てきたらいったんやめて、換金する。負けはじめたら、取り戻そうとせず、さっさと切り上げる。
この方法で、この三週間ほど、結構もうかっていた。いや、もうかるという意識は持っていなかった。勝とうという欲を持たないことが彼の第一信条だからだ。浮いても沈んでも恬淡としている。でも、内実は違ったのだ。やっぱり、もうかるとうれしかったし、へこむと悔しかった。少しも諦観しているわけではなかった。今まで、偶然もうかっていたから、無心を装うことができただけだ。負けだしてはじめてわかった。
「ほなら、おれ、ええ時におまえの家にいったってわけやな?」
「ああ、そうだな」もう一度くりかえす。「そうだな」
そうだ。こいつがきたから、おれは今日もパチンコにいく気になったんだ。そうでなければ、おれはいったいどうしていただろうか? 賢素の黄色いシャツの胸元に目をやった。なんだか急にこいつがとても頼もしく見えてきた。おれなんかのことを思ってくれるやつがいる。その実感がふいに湧いた。意味もなく、膝をさすったり、あごをなでたりして、熱くなった胸を感じていた。
プラスチックのケースを持って、玉貸し機の下方に置いた。玉がやかましく出る音が、そらぞらしく感じられた。空のプラスチックケースを持った賢素が声をかけた。
「あれ、おまえ、早いやんか?」
うつむいて振り向かずに豊雄は答えた。「今日は、全然だめだ」ケースを持って歩き、席に着くと、やがて賢素もやってきて、隣に座った。無言でレバーを握りしめる。フィーバーは、ほとんどこない。あっちこっちのフィーバーの音、大きすぎるBGMが、頭の中でうつろに響く。
おとといから賢素と打ちはじめて、ツキがこなくなった。なぜそうなったのか、豊雄はわからなかった。いや、それは嘘だ。本当は少しわかっていた。だけど、それを認めたくなかった。
パチンコで勝つ方法。勝とうという欲を持たない。玉がたくさん出てきたらいったんやめて、換金する。負けはじめたら、取り戻そうとせず、さっさと切り上げる。
この方法で、この三週間ほど、結構もうかっていた。いや、もうかるという意識は持っていなかった。勝とうという欲を持たないことが彼の第一信条だからだ。浮いても沈んでも恬淡としている。でも、内実は違ったのだ。やっぱり、もうかるとうれしかったし、へこむと悔しかった。少しも諦観しているわけではなかった。今まで、偶然もうかっていたから、無心を装うことができただけだ。負けだしてはじめてわかった。