憑依

花
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 やめる決心がつくと、気負いがなくなったのか、とたんについてきた。豊雄はさっきからフィーバーの連続である。ぐるぐる回る赤色灯と頭にガンガン響く効果音で気も狂わんばかりだ。余裕たっぷりにレバーを握る豊雄の横顔をのぞきこんで、賢素が言った。
 「これで決まりやな。お前、大学やめてええわ」
 勝負事の神は、バーで仲間と酔いつぶれてしまったのだろうか。今まででもっとも景気の悪い勝負になった。三日に一人か二人客がやってくる洋菓子屋のように、目も当てられない状況になった。売れないので、生ごみとして大量投棄しなければならない。それではもったいないと思って商品を作らなければ、客がやってきたときに困る。そのうちに、なるべく作りすぎないように気をつけてケーキを焼いて並べるが、それがまた逆効果になる。たとえ店に入る客がいても、棚に並んだ菓子がさみしげだと、なぜかもう一度来ようとは思わない。だから、客の数はさらに少なくなる。店に菓子を並べないわけにはいかないから、さらに倹約して作る。客が減る。貯金を切り崩して、材料を仕入れ、形ばかりはケーキを並べる。こうするうちに、遅かれ早かれ店じまいすることになる。
 今日の豊雄のパチンコもこれとまったく同じだった。ごくまれにしかフィーバーはこない。だから持ち球はさみしくなる。持ち球を追加しなければフィーバーを招くことはできない。それで、倹約気味に玉を追加する。フィーバーはよけいにこなくなる。追加玉も徐々に少なくなる。
 「あれ? なんやえらい景気悪いな」
 賢素が三時ごろ、反対側の台からやってくると、渋く口を曲げている豊雄を冷やかした。
 今までの浮きはほとんど使い果たした。彼のもうけは今五千円強といったところだ。そのとき、彼は驚嘆の面持ちで自身のことを考えた。彼は今、もったいないという意識を持っている。もうけた分をすっかり失うことを嫌がっている。真名美の遺産もあるし、パチンコで大損したってどうってことはないはずなのに、である。彼は今、己のことがはじめて理解できたような気がした。
 自分の資産を無駄に使いたくない。
 ギャンブルはあまり向いていない。
 そして、数学の勉強することが性にあっている。
 彼は、残りの玉を持って、景品交換所で菓子類に換えてもらい、賢素の台まで歩いた。賢素はそれなりに玉を出して、羽振りよさげに玉を弾いていた。
 「おれ、もう帰るわ。明日から学校いく。どうせなにかしなければならないんなら、数学やるよ」
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日