憑依

花
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 振り返った賢素は、ちょっと名残惜しそうな顔をしたが、それも一瞬だった。
 「オーケーや。おれもいい加減あきてきたとこや」
 賢素は、玉をケースに移し、山のような景品と交換した。

 桔梗柄の夏銘仙を着た小百合が、畳下駄を履いて茶を買って戻る途中、市電の四条駅の前を通りかかると、猫が二匹うずくまっているのが見えた。シャム猫だ。毛並みもよく、野良猫には見えない。二匹とも獲物を狙うかのように身構えているので、小百合の目に留まったのだ。何かを警戒しているのか、前方を凝視したままじっとしている。小百合は、何気なく猫の見つめている方を見た。派手な看板のパチンコ屋がある。すると、そこからちょうど豊雄と賢素が出てきた。賢素は大きな紙袋を抱えている。小百合は驚いて声をかける。
 「豊雄さん」
 豊雄はびくっと体を震わせた。小百合に気がつくと、表情が固くなる。距離にして十メートルもない。
 「どうしたの? 大学やないの?」
 豊雄は汗をかきながら、しどろもどろに弁明した。
 「いってみたら、休講があったんで、ちょっと暇つぶしてたんです」
 豊雄は、小百合に見られてしまったことにもちろん胆をつぶした。しかし、それだけではなかった。店を出るとき、またあの妙な視線を感じたのだ。今度こそ見極めてやると思い、さっと視線の方へ目をやると、小百合と目が合った。豊雄は妙なことを考えた。もしかすると、今までの視線は小百合さんだったのだろうか? でも、小百合さんがなぜ? 考えていくうちに、恐ろしいことまで考えた。おれのことをねらっているやつら、菜摘だか真名美だか猫だかわからないが、そいつが小百合さんにまで魔の手を伸ばしたのでは? そんなことまで考えた。
 「どうかしなはった? そんな顔で見なはるなんて」
 怪訝そうにする小百合に、豊雄は笑いかけた。
 「なんでもありません。変なところを見られちゃったなと思って」
 「ふふ」少し歯を見せて笑うのがあでやかだった。叔父は父と年が離れている。その叔父と結婚した叔母はさらに年下だ。その叔母とさらに年の離れた小百合は、ほとんど豊雄と変わらない年齢だ。顔が小さく、どちらかというと幼い顔の造りなので、女子大生といっても十分に通用する。小百合に知られるのは決まりが悪かった。
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【--- 作品情報 ---】
◆ 題名 憑依
◆ 執筆年 2011年8月20日