憑依
73
久しぶりに大学にいってきた。三週間近く空けていたのに、特に違和感はなかった。四講目が休講だったので、早めに叔父の家に帰り、玄関を開けると、聞きなれた嬌声が耳に入った。
優子ちゃん、また来てるな。
小百合の夫、石田康彦の妹だ。石田優子は高校二年生、家も近いせいか、頻繁に遊びにきていた。真名美や詩絵とも仲良くやっていたし、たまには店番もする。真名美と詩絵が行方不明になったときには、頬がやつれるほど悲しみ、豊雄を慰めた。西田から魔物について聞かされても、真名美たちに嫌悪しなかった。むしろ、魔物に取り憑かれた二人を気の毒がった。真名美たちがいなくなっても、豊雄とは隔たりなく話をする。豊雄は数学が得意で、教え方も上手なので、優子は学校の宿題でわからないものをよくききにくる。豊雄が大学にいかなかった三週間にも、彼女は何度か訪れ、数学を教わった。彼女は豊雄の様子を少しも不審に思わなかった。生きる意欲を失い、かろうじてパチンコ台に向かうことで、どうにか毎日を送ることができた豊雄も、明るく元気な優子に数学を教えるときだけは、なぜか楽しい気持ちになれた。きれいな女の子だ。カワイ子ちゃんタイプ。
「とよはん。よねぞうがまた、こんなにぎょうさん宿題を出しよったの」
優子は、ふうーっとため息をついて、横座りする。そのはずみに、淑美女学園高等学校の校章をつけたふくよかな胸と、夏服に結んだ臙脂色のリボンが揺れる。「よねぞう」とは、彼女の教科担任をしている、米本憲三という数学の教師のことだ。角刈りで陰険で、授業が意味不明で、「よねもとけんぞう」を省略されて「よねぞう」と生徒たちから呼ばれているのだと、優子から聞かされている。豊雄は「確率論基礎」で出された宿題を片付けなければならないので、本当は高校生の相手などしている暇はないのだが、部屋の真ん中のテーブルに教科書とノートを広げて、しつこくきいてくる親類を無視することはできない。
「しょうがないなあ」と、優子の向かい側の座布団にあぐらをかく。冷たいものと菓子を載せた木のお盆が、アイドルの写真シールを貼ったスチールの筆箱の横に置かれている。抜け目ないやつだと思っていると、「はい」といって、冷たいコップが手渡される。優子の手が柔らかかった。まずはティータイム。次から次へと飛び出す話題をきいているうちに、小一時間があっという間に過ぎていく。まあ、いつものパターンだ。
下から呼ぶ声がする。
「横山さん、お見えになったわよ」佐緒里の声だ。
「通してもらえますか」
ドアを閉めて、自分の場所に戻ると、興味津々に優子が尋ねる。
「誰? 大学の同級生?」
優子ちゃん、また来てるな。
小百合の夫、石田康彦の妹だ。石田優子は高校二年生、家も近いせいか、頻繁に遊びにきていた。真名美や詩絵とも仲良くやっていたし、たまには店番もする。真名美と詩絵が行方不明になったときには、頬がやつれるほど悲しみ、豊雄を慰めた。西田から魔物について聞かされても、真名美たちに嫌悪しなかった。むしろ、魔物に取り憑かれた二人を気の毒がった。真名美たちがいなくなっても、豊雄とは隔たりなく話をする。豊雄は数学が得意で、教え方も上手なので、優子は学校の宿題でわからないものをよくききにくる。豊雄が大学にいかなかった三週間にも、彼女は何度か訪れ、数学を教わった。彼女は豊雄の様子を少しも不審に思わなかった。生きる意欲を失い、かろうじてパチンコ台に向かうことで、どうにか毎日を送ることができた豊雄も、明るく元気な優子に数学を教えるときだけは、なぜか楽しい気持ちになれた。きれいな女の子だ。カワイ子ちゃんタイプ。
「とよはん。よねぞうがまた、こんなにぎょうさん宿題を出しよったの」
優子は、ふうーっとため息をついて、横座りする。そのはずみに、淑美女学園高等学校の校章をつけたふくよかな胸と、夏服に結んだ臙脂色のリボンが揺れる。「よねぞう」とは、彼女の教科担任をしている、米本憲三という数学の教師のことだ。角刈りで陰険で、授業が意味不明で、「よねもとけんぞう」を省略されて「よねぞう」と生徒たちから呼ばれているのだと、優子から聞かされている。豊雄は「確率論基礎」で出された宿題を片付けなければならないので、本当は高校生の相手などしている暇はないのだが、部屋の真ん中のテーブルに教科書とノートを広げて、しつこくきいてくる親類を無視することはできない。
「しょうがないなあ」と、優子の向かい側の座布団にあぐらをかく。冷たいものと菓子を載せた木のお盆が、アイドルの写真シールを貼ったスチールの筆箱の横に置かれている。抜け目ないやつだと思っていると、「はい」といって、冷たいコップが手渡される。優子の手が柔らかかった。まずはティータイム。次から次へと飛び出す話題をきいているうちに、小一時間があっという間に過ぎていく。まあ、いつものパターンだ。
下から呼ぶ声がする。
「横山さん、お見えになったわよ」佐緒里の声だ。
「通してもらえますか」
ドアを閉めて、自分の場所に戻ると、興味津々に優子が尋ねる。
「誰? 大学の同級生?」