憑依

74
階段を昇る音がして、ドアが開く。先客がいるとは思わなかったみたいで、優子の顔を見るとひどく狼狽した。狼狽どころではない、固まってしまった。優子はにっこりあいさつする。
「こんにちは」
賢素は苦しそうな顔をしばらくしていたが、ひどくかすれた声であいさつを返した。
「はじめまして、ぼく、大宅君の同級生で、横山賢素いいます。どうぞご贔屓にお頼み申します」
「私、豊雄にいさんの、叔父さんの奥さんの妹のだんなはんの妹で、石田優子どす。よろしくどうぞ」
「えっ? 叔父さんの奥さんの妹の妹──?」賢素は片方の眉を吊り上げた。
「そうやのうて、叔父さんの……」
「優子ちゃん、もういいよ」と言って豊雄は賢素に座布団を渡した。「要するに親類だよ。淑美女学園の二年生だよ」
「よろしくお願いします」優子はぺこんと頭を下げた。夏服の襟元から胸の谷間がちらっと見える。賢素は目をそらして、おじぎをした。
豊雄はいいことを思いついた。
「そうだ、優子ちゃん、悪いんだけど、今日は賢素に数学を見てもらってくれないか? 実はおれ、大学で出された宿題が片付きそうもないんだ」
そういうと豊雄は立ち上がって、机に向かってしまった。豊雄の方に向かって優子は首を伸ばした。
「そんな突然に、横山はんに悪いわ」
豊雄は賢素に顔をねじ向けた。「賢素、頼むよ」
賢素は、じーっと考えているようだった。美しい優子に気後れしたのだ。でも、そのうちに首を縦に振り、数学を教えはじめた。
優子は静かに賢素の教えを受けていた。豊雄も真面目に大学の宿題に取り組んだ。真剣な優子の顔は、優等生そのものだった。しかし、休憩時間になり、あどけない顔でおしゃべりをはじめる優子は、映画俳優の誰がいいだの、どの店の洋服がかわいいだの、完全にミーハーな女の子になっていた。
「とよはん、奈良ドリームランドのボブスレー、乗ったことある?」
「ないよ」
「なんや、つまれへん」優子は大きな目でおねだりした。「ねぇ、ボブスレー、乗りに連れていってよ」
襖が開き、小百合が、飲み物を持って入ってきた。
「なに? 面白い話?」
「うん」優子は小百合の方へ体をねじった。「とよはんに、奈良ドリームランドのボブスレー、乗りに連れってって、ねだったの」
「こんにちは」
賢素は苦しそうな顔をしばらくしていたが、ひどくかすれた声であいさつを返した。
「はじめまして、ぼく、大宅君の同級生で、横山賢素いいます。どうぞご贔屓にお頼み申します」
「私、豊雄にいさんの、叔父さんの奥さんの妹のだんなはんの妹で、石田優子どす。よろしくどうぞ」
「えっ? 叔父さんの奥さんの妹の妹──?」賢素は片方の眉を吊り上げた。
「そうやのうて、叔父さんの……」
「優子ちゃん、もういいよ」と言って豊雄は賢素に座布団を渡した。「要するに親類だよ。淑美女学園の二年生だよ」
「よろしくお願いします」優子はぺこんと頭を下げた。夏服の襟元から胸の谷間がちらっと見える。賢素は目をそらして、おじぎをした。
豊雄はいいことを思いついた。
「そうだ、優子ちゃん、悪いんだけど、今日は賢素に数学を見てもらってくれないか? 実はおれ、大学で出された宿題が片付きそうもないんだ」
そういうと豊雄は立ち上がって、机に向かってしまった。豊雄の方に向かって優子は首を伸ばした。
「そんな突然に、横山はんに悪いわ」
豊雄は賢素に顔をねじ向けた。「賢素、頼むよ」
賢素は、じーっと考えているようだった。美しい優子に気後れしたのだ。でも、そのうちに首を縦に振り、数学を教えはじめた。
優子は静かに賢素の教えを受けていた。豊雄も真面目に大学の宿題に取り組んだ。真剣な優子の顔は、優等生そのものだった。しかし、休憩時間になり、あどけない顔でおしゃべりをはじめる優子は、映画俳優の誰がいいだの、どの店の洋服がかわいいだの、完全にミーハーな女の子になっていた。
「とよはん、奈良ドリームランドのボブスレー、乗ったことある?」
「ないよ」
「なんや、つまれへん」優子は大きな目でおねだりした。「ねぇ、ボブスレー、乗りに連れていってよ」
襖が開き、小百合が、飲み物を持って入ってきた。
「なに? 面白い話?」
「うん」優子は小百合の方へ体をねじった。「とよはんに、奈良ドリームランドのボブスレー、乗りに連れってって、ねだったの」